李妍雅 祝司長様 説教 2008年10月26日
天一国食口礼拝 2008年10月26日 李妍雅 祝司長様の説教(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/216

食口に対する感謝と愛

食口の皆さん!こんにちは。身に余る紹介を受けて壇に上がるので、さらに震えるような気がします。いつも亨進様の説教を心安らかに座って聞いているのですが、こうやって説教をするために壇に上がると、以前よりも聖殿が10倍くらい大きく見えます。心臓がとても大きく鳴り、その音が私の声よりももっと大きく聞こえるかのようです。

年齢で見ても経験で見ても、私は不足な点が多いと思います。しかし食口の皆さんは、いつも私を娘のように対してくださり、励ましてくださいます。食口の皆さんの愛と関心をよく知っているので、私は皆さんを見るたびに力を得ます。壇に立って説教をする時には、食口の皆さんに必ず言いたいと思っていたことがあります。“食口の皆さん、心から感謝いたします。そして愛しています。”

今日の説教を準備しながら、どのような話を分かち合おうかと悩みました。不足ですが、私が生きてきた話を率直に分かち合うのが良いのではないかと思い、準備いたしました。

幼い頃の思い出

私の父は、私が生まれる前から牧会をされました。今は麗水で日本婦人のための40日修練において、講義や相談を担当しながら、食口の信仰を指導していらっしゃいます。公職の一線に立っていらっしゃいます。

幼い頃、私はAタイプ教会(訳者注、アルファベットのAのように尖った屋根が1つある教会堂の教会)で生活していました。私は個人的に、Aタイプ教会が本当に好きでした。教会の礼拝堂がとても広くて、かくれんぼをしたり、こうもりを探したりしながら、あちこち駆け回り、楽しく遊びました。

礼拝堂の中でする遊びの中で私が一番好きだったのは、聖殿の中でこうもりを探すことでした。Aタイプ教会は天井が高くて、こうもりが本当にたくさん住んでいました。幼い頃はこうもりが本当に不思議に見え、寝ているこうもりを探して起こしたりしながら、楽しく遊んだ記憶があります。

思い切り遊んで疲れたら、聖殿の中の長い椅子に寝そべり、昼寝をしました。長い椅子に寝そべっていると、心が本当に落ち着きました。しかしそうしながらも、礼拝で祈祷もせずに寝ているのが、少し申し訳なくもありました。幼いながら、“神様が見ていたらどうしよう?”と考えて起き、聖歌を歌ったりもしました。礼拝堂は私の遊び場であり、安息所でした。私はそうやって平凡な幼少時代を過ごしました。

人生は苦海!

私が5歳だった時、弟が生まれました。母は弟を産む時、とても難産でした。その過程で、弟の脳に酸素供給が円滑にいかず、弟は障害を持って生まれてきました。5歳になっても弟は歩くことができなかったため、母は弟の治療薬を探すため、全国で効能があるというところを全て回りました。

私には姉が二人いましたが、私が一番小さかったため、母は私を連れて駆け回りました。漢方薬、鍼や指圧がうまいというところなど、全国で「これが利く」という噂のあるところを全て回りました。いつだったか、犬や猫、蛇など、ありとあらゆる動物の肉と臓器を売る市場にも行ったことがあります。

幼く分別のない私でしたが、父や母について回りながら、ふとこのような考えが浮かびました。“この世界には本当に苦しんでいる人、苦痛を受けている人が多いのだなぁ!”と。私は、母がいつも言っていたように、“人生は本当に苦海である”という思いを持つようになったのです。

信仰の父母、亨進様!

そのような私が真の家庭に入り、本当に多くのことを学びました。私は自分自身が、真面目で静かな人間だと思っていました。しかし亨進様を通して、私は“自らを狭い枠の中に閉じ込め、偏った視線で生きる人間”であることを悟るようになりました。

11年前、亨進様に初めてお会いした時、私はいきなり亨進様にこのような話をしました。“亨進様は何を知っているというのですか?祝福家庭がどれほど悲惨で、大変な思いをしながら生きているのに、全てを持っている真の家庭の子女様である亨進様が何を知っているというのですか?”と。私はその時、何か悪いものでも食べたのか、そのようなことを言ってしまいました。今考えてみても、亨進様に対してとても申し訳なく思います。公式的に、謝罪したいと思います。

そのような私だったのですが、今は人に会うたびに、亨進様が私の‘信仰の父母’であると証します。本当に変わりました。亨進様と祝福を受けてから10年間アメリカに住み、それから韓国に帰ってきたのですが、世界がとても変わったように感じました。しかし、確かにこの10年間で韓国もたくさん変わりましたが、私自身もたくさん変わったようです。10代の後半だった私が、もう30歳になりました。特に、世界を見つめる目が変わったと思います。

私がもし“人生とは苦海である”という思いから抜け出さなかったならば、そしてもし亨進様が、私が自ら作ってそれを実際のものだと信じ込んでいたものが虚像であるということを悟らせてくださらなければ、私は苦海にはまって出てこられないまま、不幸な人生を生きていたことでしょう。5年前に昇華した母のように生きていただろうと思うのです。

母に対する記憶

私は母が、明るく笑う姿を一度も見たことがありませんでした。いつも何かによって苦しんでいる母は、人生の最も重い荷を背負っているようでした。障害を持った弟の世話をしながら、涙ぐましい出来事をたくさん通過されました。

ある時、中学校に行った弟がバリカンで頭と眉毛を剃られて家に帰ってきました。母は弟を抱き、幾晩も声を殺して泣きました。父が牧会をやめ、半分地下にある家に引越した時、弟は一ヶ月の生活費をゲームセンターに全てまいてきたこともありました。母は弟をつかみ、“お前と私で一緒に死のう”と言いながら、弟を叩きました。そのような心痛い記憶を幾度もかみ締めながら、生きてきました。

人間というものはとても不思議なもので、過去のことでも心の中にずっと残っていれば、それがまるで現在のことのように苦痛を感じます。それほど人間にとって毒になるものはないと思います。

生老病死と悟り

ある時、亨進様がふと私に、“私が仏教から学んだ中で最も大きな助けになった教えは何だか知っている?”と尋ねてこられました。それについては何も語られたことがなかったので、答えることができず、いったい何なのか聞いてみました。すると亨進様は、“それは私たちの人生の現実、正に生老病死だよ。地位が高かろうが低かろうが、豊かに生きていようが貧しく生きていようが、恐れているかいないかに関わらず、生老病死の現実は公平に、いつか私たちの元にやってくるだろう”と答えられました。

亨進様は続けて、“生老病死を知って受け止めるけれども、その現実にはまらないことが重要だということを学んだ。だから私たちは地上において良い人生を生きなければならない。なぜなら、人生を終える時に最も意味のあることは、私たちがこの地上でどれほど良い人生を生きたかということだから”と語られました。

真の父母様と亨進様が私の暗い考えと不足な姿よりも、私の可能性をより信じてくださり、愛してくださったがゆえに、私は人生の苦海から抜け出すことができました。私は真の父母様と亨進様が、他の誰よりも食口の皆さんの潜在力を信じてくださっていると確信しています。私たち自らも分からない力についてまで、信じてくださっているのです。

誇らしい亨進様

ある食口の方は、私が“口さえ開けば、亨進様を誇られる”と言われます。ですから私は、このようにお話しました。“仕方がありません。なぜなら、それは事実なのですから。”

人生を生きてきながら、私は一つ悟ったことがあります。それは、“いつも亨進様の直感と判断が正しい”ということです。ある出来事について、私がいくら横で人間的な思いで亨進様に小言を言ったとしても、結局は亨進様が正しいということが分かったのです。

私は亨進様の妻としてのみではなく、個人的にも、亨進様を本当に尊敬しています。なぜなら、亨進様は‘私心’なく働かれるからです。亨進様は、個人的には静かな田舎に住まれることを好まれる方です。しかし真の父母様のために、食口のために、公的な立場を守っておられます。私は統一教会の食口の一員として、牧会をされていた父の娘として、困難な教会の現実を抱いて前に進まれる亨進様に、心から感謝しています。

亨進様の真実なる願い

ある方はこのように話します。“亨進様は世界会長と韓国の総会長になられましたが、思い通りにできることが何かあるのですか?楽しむことができることが何かあるのですか?”と。

その方に、私はこのように答えました。“そのようなことを願うのであれば、最初から亨進様は牧会を始めることもなかったでしょう。権威や権力を願うならば、國進様とも一緒に働くことはできなかったでしょう。亨進様が本当に願われていることは、統一教会を世間に誇ることのできる宗教にすること、そして食口が統一教会人であることを堂々と明かし、真の父母様を証して、人類が‘真の父母様がどのような方であるか’正しく知らせることができるようにすることなのです。”

亨進様は統一家の勝利の日を迎えるために、昼夜を忘れて一生懸命働いていらっしゃいます。また、自分よりももっと良い指導者が出てくるならば、いつでも喜んでご自身の位置を与えて退こうと語られます。

國進様と亨進様

食口の皆さん!なぜ韓国の言論が最近になって教会に対して肯定的な報道をするようになり、先週私たちの教会を訪問したコスタリカ元大統領が、この教会には希望がある、未来があると話されるのかご存知ですか?それは真の父母様の宗教的な理想を掲げながら、國進様と亨進様が‘自分’だけがこの仕事をすることができると言って我を通すのではなく、一つになって一緒に協力しながら働かれているためです。そのような面において、私は國進様も‘優れたお兄さん’であり、亨進様も‘優れた弟’であると思います。

ある時、國進様が亨進様にこのようにお話ししたといいます。“私が統一家を豊かにしよう。しかし、お前は統一家が幸福で、霊性に溢れるところにしてくれ。私は豊かな国が、必ずしも幸せな国ではないことを知っている。亨進!私にはお前ができないことをすることができるし、お前は私にできないことをすることができる。私たちが力を合わせて真の父母様と祝福家庭を全世界の前に光り輝かせよう。”

真の父母様、真の家庭、そして食口に対する感謝

亨進様は私に、真の父母様が実体のメシヤであられることを証してくださいました。生きている間、私が決して理解することができなかった母を心から愛することができるようにしてくださいました。

私が時々、“お父さん(亨進様のこと)!私はとても悪い母親のようです”と言いながら意気消沈していれば、亨進様は“何を言っているの!あなたは子供たちにとって最高のお母さんだよ!”と話してくださり、励ましてくださいます。そして私は力を得て、5人のかっこいい母親として、堂々と前に進むことができるのです。

そして何よりも、亨進様は私が生きてきながら経てきた苦痛や悲しい過去を後にして、それらを全て越えて私が心から食口の方々を愛することができるようにしてくださいます。私だけが祝福を受けて、祝福の人生を生きるのではなく、その祝福を分かち合うことができる人間にしてくださいます。

私はこのように思いました。“最も偉大な方は、やはり真の父母様だ。なぜなら、子女様をこのように素晴らしく育てられ、また祝福家庭をよく育てられたからだ”と。真の父母様は本当に、人類の真の父母であられます。

最後に、國進様と亨進様!真の家庭の皆様と、愛する食口の皆さんに感謝を申し上げます。そして何よりも、私たちみんなの真の愛と真の生命と真の血統の根源であられる神様と真の父母様に、心から感謝と栄光を捧げます。