善進様 天一国食口礼拝 2008年9月28日
天一国食口礼拝 2008年9月28日 善進様の説教(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/207

このように食口の皆さんにお会いできて、とても嬉しいです。実際、私は公的な場で話すことに慣れていません。しかし、食口の方たちに会えば、力が湧きます。この場に立つことができるということを、光栄に思います。感謝の気持ちで、食口の皆さんとみ言を分かち合いたいと思います。

壇上に上がるまで、どんな話をすればよいか、とても悩みました。私は幼く、不足な点がたくさんあります。食口の皆さんに説教をすることができる、何の基準も立てることができませんでした。私が食口の皆さんにして差し上げることができるのは、真の父母様についてこられた1世と2世の食口の方たちに、真実の心で敬拝を捧げることだと思います。

食口の皆さんに伝える言葉を考えながら、どのような内容を分かち合えば最も恩恵が深いか、悩みました。そしてパソコンのキーボードを叩いて、お父様の名前、Reverend Sun Myung Moon(文鮮明牧師)という言葉を打ち込みました。すると、インターネットに上がっている、真の父母様の映像を見つけました。苦難と試練の中でも、真の愛を実践されたお父様です。真のお父様の生涯路程を見れば、いつの間にか目には涙が溢れています。準備した映像を見ながら、もう一度、真のお父様の深い心情を振り返ってくださるようお願いします。

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真のお父様の生涯の核心はみ言です。誰にお会いになられても、どんな場に立たれても、いつも天のメッセージを伝えてくださいます。この前のヘリコプター事故が起こった後も、医者はもう少し休んで、安静にしなければならないと言いましたが、お父様は退院を急がれました。朝になれば訓読会を主管されるため、天正宮博物館に向かわれました。食口の方たちを見れば、1時間、2時間、3時間、4時間、み言が続きます。教えをくださるのです。

真のお父様にとって、食口の皆さんはとても大切な存在です。また、食口の皆さんも、お父様に真実な心で侍ってこられたということをよく知っています。皆さんのそのような精誠と愛が、真の父母様を始めとして、真の家庭に大きな力になるのです。ヘリコプター事故が奇跡の現場になることができたのも、真の父母様に向かう食口の絶対的な信仰基準があったからだと思います。食口の皆さんは、統一家の最高の愛国者であり、VIPです。

映像を見ながら、私は心から、食口の皆さんに深い感謝と懺悔の気持ちを持ちました。不足な真の家庭の子女を、忍耐と愛の目で見守ってくださいました。ある面において、私たち真の子女は、成熟できていなかった時期がありました。私たちが成長する過程において、食口の皆さんがどれほど温かく、私たちを見守ってくださったのか、感じることができます。

映像を通しても見ることができるように、真のお父様の生涯は、とても険しいものでした。お父様が苦難と犠牲の道を歩まれた時、いつも食口の方々が側にいました。その食口の方々の献身的な生活の前に、尊い歩みの前に、心から感謝を捧げます。そしてもう一度、私の幼く、不足であった姿に対して、許してくださるようお願いします。

私は真の父母様の家庭の2世です。1世と2世は、明らかな違いがあります。1世は自分の決断で信仰を見つけ出しました。原理的な道を歩んでこられました。2世は生まれた時から、信仰が与えられていました。1世から信仰を学びました。私は2世として信仰を探し、自らこの道を歩もうと決意したのではなく、父母から学び、知るようになった信仰でした。しかし、真の父母様の子女であるがために、周りの多くの期待の中で成長することになりました。

幼い時、多くの方々が私に、とても難しい質問をたくさんしてきました。“私たちの教会の未来は、どのようになるのか?”、“1世たちが持っている、真の父母様に向かう熱い心情と情熱、信仰を、2世たちにどのように伝えることができるのか?”、“どのようにすれば、2世たちが神様の心情を理解し、真の父母様がくださった使命のために働くよう導けるのか?”

最近も、ある教会の指導者が訪ねてきて、似た質問をされました。“真の家庭の子女様方は、どのようにして公的な場に立ち、真の父母様の摂理に貢献されているのですか?”、“真の父母様はどのような方法で、真の子女様方を養育されたのですか?”、“私はどのようにすれば、私の子供たちに、信仰の火を燃やすことができるでしょうか?”

その方は、2世の子女の信仰教育問題について悩んでいらっしゃいました。10代の息子を原理講義修練会に送ったり、直接講義をしたりしたといいます。数十年の牧会生活と、アフリカ宣教生活をしながらも、絶えず指導をしてきましたが、息子はその方が原理に初めて出会った時の喜びや感激を感じることができないでいるようだと言いました。“私の息子は、私が持っている情熱を持っていません。原理を聞いても、息子の人生は変化がないようです”と、悲しまれました。

そして彼は寂しい思いで、息子に“お前は、神様の存在を信じているのか?”と尋ねたといいます。すると息子は、冷ややかに、“修練会に行ったら、みんな‘いる’と言うし、お父さんも‘いる’というのだから、いるんじゃないですか”と答えたというのです。

その方は、息子の答えに大きな衝撃を受けました。そして、“私はいったい、何を間違ったのだろうか?なぜ、自分の息子があのように不信に満ちた思いを持って育ったのか?2世たちが皆あのようなのであれば、私たちの教会の未来はどうなるのだろうか?ために生きる人生を生きてきたのに、これからどのようにしたら良いのだろうか?”という思いで、とても胸が痛かったと言いました。

私は、天の摂理のための真のお父様の命令に従順し、先駆的な人生を生きてこられた教会指導者の率直な告白を聞きました。2世教育と教会の未来を心配する気持ちを感じることができました。私はその方の思いを通して、1世の方たちがどのような基準で御旨の道を歩んでこられたのか、知ることができました。また、お父様がそのような1世に見せてくださった生き様がどのようなものだったのかを、推し量ることができました。“真のお父様のみ言は、本当に世界を救うことができ、私たちの子供を救うことができ、私たちの全てのものを捨てても惜しくない情熱を与えてくれるのだな”と、悟ることができました。

1世の指導者が抱いている、真のお父様に対する確信!1世の方々は御旨と真のお父様のためならば、自分の全てを捨てても惜しくないという情熱で信仰生活をしてこられました。そのため、原理の価値を悟ることができず、信仰を育むことができずにいる息子に対して、とても残念な気持ちになったのだと思います。このような1世の方々の気持ちが、とても尊く思われました。

ところで同時に、私にはこのような思いも湧きました。“信仰心が深く、教会指導者としての使命にとても懇切な思いを持っている父親を持った息子も、本当に大変だろうな”と。なぜなら、信仰的な基準が高い父親の期待に合わせて生きるということが、息子にはとても大きな負担だと思ったからです。率直に言えば、私の人生は、決して完璧なものではありませんでした。幼い行動をする時もありました。

真のお父様は、ただ天の摂理だけを考えながら、熱い情熱を持って前に進まれました。真の家庭の子女たちを後にし、世界摂理のために出て行かなければならない立場にいらっしゃいました。ですから、私は真のお父様の娘として、心が空虚になる時が多くありました。何か満たされない思い、言ってみれば、心の隙間というものを感じました。“本当に、私たちの中に真の愛があるのだろうか?私たちが本当に愛を実践することができるのだろうか?”という疑いも持ったりしました。私にとって、真の愛というものがとても遠く感じられたのです。それが、正に真の家庭の子女として、耐えなければならない心の苦悩でした。

いつも真の父母様は忙しく過ごされ、私と兄弟姉妹たちは、韓国や日本の婦人食口によって育てられました。また、私たちを見てくださった方々の間にも、大小様々な葛藤がありました。真の家庭の子女たちが一つになるのが大変な内容もありました。成熟できずにいたので、いろいろな争いをしたりもしました。このようなことを経験しながら、私は“どうやって真の父母様が語られる真の愛を、私が実践することができるのか?”という思いや、“私も真の父母様から愛を受けられなかった。私が受けられなかったのに、どうやって愛を与えることができるのか!”という思いが湧いたりもしました。おそらく、多くの2世たちが、摂理だけに従って生きてきた1世の父母の下で、私と同じ気持ちを持って育ったと思います。

息子の問題で悩んでいる指導者と分かち合いたかった内容は、正に“真の父母様が私をどのように愛してくださったのか”ということです。幼い頃を思い返せば、私は信仰的に、成熟することができていませんでした。真の父母様に侍ることができませんでした。実際、なぜ真の父母様と食口たちがそのように多くの犠牲を払い、御旨の道を歩んでいるのか、理解することができませんでした。真の父母様の心情を理解することができませんでした。希望がありませんでした。しかし、真の父母様は一瞬も、私に対して、あきらめることはありませんでした。

私が真の父母様を理解できず、遠く離れた時も、たくさんの失敗で父母様に傷を負わせた時も、父母様は私をしっかりと抱きしめてくださいました。もちろん、お父様は私の過ちを厳しく叱責されたりもしました。しかし同時に、深い心情と真の愛で、私を許してくださいました。“自分だけを考えるのではなく、全体を考えなさい”と語ってくださいました。ミスをして失敗したことも多くありましたが、父母様はそのようなことを後ろに置き、いつも私を包んでくださいました。

多くの方々は、私と兄弟姉妹たちが真の父母様の直系の子女であるから、真の父母様と多くの時間を過ごしたと考えます。しかし幼い時、私たちは父母様と一緒にいる時間を多く持つことができませんでした。お話したように、私たちは父母様よりも、いつも私たちを面倒みていてくれた方々、いわゆる‘おばさん’もしくは‘おじさん’たちと時間を過ごしました。真の父母様との時間はなく、私からも、そのような時間を見つけることができませんでした。

私は修練会に参加したり、真の父母様のみ言を通して、“四位基台、ために生きなさい、心と体が一つにならないといけない、夫婦が一つにならないといけない、世界のために生きなさい”という教えを聞きました。しかし、“そうね、そういうみ言はみんな聞いた。原理講義も、何回も聞いた。みんな知っている”と言い、大切な教えを流してしまいました。お父様のみ言の中に込められた,深い意味と価値を悟ることができませんでした。

しかし世間に出て、私が困難を経験して再び戻ってきた時、お父様のみ言を通し、新しく悟ることができました。“真のお父様がどれほど神様に対して絶対的であったか”ということを知ることができました。“お父様こそ、神様の真なる孝子である”ということを知ることができました。“お父様の人生は個人の人生ではなく、神様を解放して差し上げるための救世主、メシヤ、真の父母としての人生であり、食口たちの人生は、真の父母様の人生を見本にして生きて行く人生だったのだ”ということを悟ることができました。

食口の皆さんは、“真の父母様に従う道こそ自分自身を救う道であり、神様を解放して差し上げることのできる道”であると考え、御旨の道を歩んでこられました。私たちが立っている全ての基盤は、真の父母様を中心にして苦労してこられた食口の皆さんによって、成し遂げられたものです。それは誰も否定することができない事実です。全ての2世たちは、1世の苦労と献身の前に、栄光をお返ししなければなりません。1世の食口の方々の人生、一つ一つが驚くべき証であり、統一教会の大切な財産です。

指導者の方が“私の子供に信仰があるのだろうか?”という疑いを持ったと話した時、私は残念がられる彼に、このように話しました。“子供に疑いを持たないでください。子供の根本的な信仰を、疑わないでください。あなたが本当に、善なる思いで御旨のために生きたのであれば、あなたの‘善’がその子供に伝わるでしょう。私がそうであったように、あなたの子女たちも、いつか真なる真理を知るようになるでしょう。真の父母様がどのような方であるのか、知るようになるでしょう。”

お父様はいつも、“真理を持って進みなさい。あなたの人生が真実であれば、子供たちはそれを否定することができないだろう”と語られます。私がそうであったように、2世たちも、1世たちの善と真実を悟る瞬間、新しく変化することでしょう。

実際、私は個人的に、大小様々な困難を経ました。信仰を失い、彷徨した時もありました。勇気を失い、挫折もしました。お互いを非難し、何の希望も見いだすことができませんでした。誰であっても、もし信仰を失い、善なる意志を見いだすことができなくなれば、絶望するしかないでしょう。

しかし、真の父母様を見てください。父母様はその生き様を通して、何を教えてくださいましたか?数多くの迫害と非難、興南やダンベリーでの苦難など、言葉に表すことができない困難な路程を歩まれましたが、一瞬でも愛を失われることはありませんでした。金日成主席にように、真のお父様を殺そうとした怨讐も抱かれました。どんな瞬間にも、信仰を失われませんでした。天の善なる御旨に従って生きられました。真の父母様のそのような人生に私たち皆が感動したがゆえに、この場に一緒に集まっているのです。

真の父母様がそのような一途な思いで愛を実践されたがゆえに、今、子女たちも公的な場に立たれ、摂理のために働いているのです。それと同じです。皆さんの2世たちもそうなるでしょう。2世の子女たちを信頼してください。“2世たちが信仰の道に、きちんとついてくることができるだろうか?”と疑わないでください。皆さんの善なる生き様は、統一教会の世界的な基盤として結実しました。私を始めとした2世の子女たちは、皆さんの遺産を大切にするでしょう。1世の父母たちが原理と真の父母様の人生に感動してこの道に従って来たように、2世たちも、1世の善なる生き様を見て、御旨の道に従っていくでしょう。

今、食口の皆さんが御覧になっているように、文亨進世界会長は、真の父母様の信仰の伝統を相続し、牧会をしています。毎週本部教会の壇上に立ち、後代まで永遠に残ることができる、統一教会の基盤を作るために働いています。私たちの子女たち、家庭、教会のために働いています。國進兄は財団の理事長として働いています。真の父母様が設立され、食口たちの犠牲と献身で耕してこられた財団を、より頑丈で誇り高いものに、統一運動をより支援することができるものにしています。顯進兄は、渉外活動の基盤を中心として、世界的な使命のために働いています。

統一教会には希望があります。真の父母様を中心に、真の家庭の子女たちが食口の皆さんと一つになって働いています。信仰の情熱が生きています。信仰の伝統が1世を経て、2世につながっています。真の愛、真実、献身、情熱が後代まで続いています。

ある時、真のお父様が、“善進、お父さんが必要な時、側にいてやれなくて悪かった。たくさん苦労したね”と語られたことがありました。私はとても申し訳ない気持ちになり、“お父様、何をおっしゃるのですか。私こそ、お父様の心を傷つけて、ごめんなさい。お父様の尊いみ言と人生を真の意味で理解することができず、また、真の意味で従うことができず、申し訳ありません。お父様と食口の方たちに、申し訳ありません”と答えました。

考えてみれば、私は真の父母様からとても多くのものを受けました。私はお父様に、“お父様は私に、とてもたくさんのものをくださいました。いつも愛してくださり、許してくださったではないですか。このように良い方(仁渉様)と祝福してくださったではないですか。私が失敗して、間違ったことがあっても、いつも私を愛してくれる夫をくださったじゃないですか。このように素晴らしい兄弟姉妹たち、家族をくださったじゃないですか。お母様に侍って世界巡回に行った時、どの国に行っても、真の父母様を慕い、侍る食口たちに会うことができました。皆、真の父母様の下で、一つの家族のような‘食口’です。私は父母様によって、世界中で家族を持つことができたのです。本当に、私に多くのものをくださいました。いつも愛して、許してくださいました”と答えました。

どんな状況においても、お父様は私に希望をくださいました。私は一時期、癌で闘病生活をしていました。病院では、これ以上治療が進展することはないといって、私を家へ送り返しました。私が家に帰ってくると、お父様は“お父さん、お母さんは、善進が家に帰ってきたのがとても嬉しい。あなたと一緒にいることができて嬉しい”、“善進!あなたはまだ生きている。希望を捨てるな。そして、たとえ仮に死んだとしても、心配しなくていい。死んでも大丈夫だ。神様がいつもあなたと一緒にいるのだから”と話してくださいました。お父様がくださった希望のメッセージで、私は癌に打ち勝ちました。私はお父様に、“感謝します”と申し上げました。するとお父様は、“違うよ、お父さんに感謝するな。私がしたことは一つもない。全部神様がなさったことだ。お母さんと私で、神様に懇切にお祈りしただけだ”と話してくださいました。このように、真の父母様の心情と生活は、いつも神様に向かっています。神様に侍り、真の孝子、孝女の人生を生きる父母様を目にしながら、父母様に心配をかけた私の不足さを、とても申し訳なく思いました。

食口の皆さんにも、申し訳ない気持ちしかありません。韓国語ができないことも申し訳ないし、私が真の父母様の力になって差し上げられないことが多かったのに、食口の皆さんはいつも真の父母様に侍り、一生懸命働いてくださいました。子女たちがしなければならない役割まで、代身してくださいました。食口の皆さんに対する感謝の気持ちは、言葉で表現することができません。心から、感謝いたします。

韓国は信仰の祖国です。お父様がお生まれになった国です。解放釈放時代を迎えましたが、まだしなければならないことは多く残っています。南北統一も成されなければならないし、この地に天一国を定着させなければなりません。真の家庭の子女たちは、これから真の父母様にために、摂理のために、統一家の全ての1世、2世、3世のために、最善を尽くして働くでしょう。真の父母様がくださった使命を常に心に留め、死ぬ時まで、一生懸命に働きます。ありがとうございます。