亨進様 天一国食口礼拝 2009年5月24日
天一国食口礼拝 2009年5月24日 亨進様の説教 “一つになれば勝利します”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/264

今日の説教の主題は、“一つになれば勝利します”です。

‘結束すれば生き、散らばれば死ぬ’

お互いを大切にし、保護しながら一緒に働く時、私たちは祝福の人生を生きることができます。‘結束すれば生き、散らばれば死ぬ’という格言があります。神様の御旨をもって国と世界を動かそうとすれば、私たちは何よりもまず、一つにならなければなりません。もし私たちがお互いに分裂し、分離していれば、神様と真の父母様が願われる、その偉大な仕事をやり抜くことはできないでしょう。心を一つにして結束することができるのか、でなければ分裂するかによって、統一家の運命が決定します。私たちは皆、一緒に勝利するか、お互いに散らばって敗北の道を歩くことになるのです。

‘一つになれば勝利する’という教えを込めた『世界経典』のメッセージを調べてみましょう。新約聖書のマタイによる福音書18章19-20節で、イエス様はこのように語られています。“また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである”

イスラームの経典であるコーラン49章10節には、“信者たちは兄弟である。だからあなたがたは兄弟の間の融和を図り、アッラーを畏れなさい。必ずあなたがたは慈悲にあずかるのである。”という言葉が出てきます。

仏教の法華経94には、“僧家の和合は楽しく、和合した者たちの修行もまた楽しい”という言葉が出てきます。

真のお父様は、み言選集153巻183ページにて、次のように語られています。

“皆さんは神様を中心とした一つの食口だということを徹底的に認識しろというのです。そして、統一教会の食口という言葉がどれほど貴い言葉であるかを皆さんが考えてみなければならないというのです。”、“食口という名称の中に隠れているこのとてつもない天的な意義を、私たちが忘却しないようにしてください。一つとなってお父様のみ旨の前に謙そんにひざまずき、あなたの日を欽慕し、出て闘うことのできる天の精兵たちとなるようにしてくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。”

『世界経典』に出ているメッセージを通して、私たちは‘一つになる心’がどれほど重要なのか、知ることができます。

一束の棒切れ

ある、2人の息子をもった父親が死を目前にしていました。しかし、2人の息子がいつも和合することができないことを、とても心痛く思っていました。ある日、父親は2人の息子を外に出し、6個の棒切れを持ってきなさいと話しました。息子たちが棒切れを持ってくると、父親は棒切れを束ね、それを折ってみろと言いました。2人の息子は一生懸命努力しましたが、その束を折ることができませんでした。続いて、父親は2人の息子に、その束を解き、棒切れを一つずつ折ってみなさいと言いました。すると棒切れ一つ一つは、とても簡単に折れたのです。父親はこのように話しました。“おまえたちが木の束のように一つになって一緒にいれば、簡単には折られないだろう。しかしおまえたちの関係が遠くなり、ばらばらに分かれれば、おまえたちは簡単に攻撃を受け、折られてしまうだろう。”

食口の皆さん!統一教会も同じです。統一教会はとても規模が小さい宗教団体です。世界的な宗教にまだ成長できていません。韓国においては、1970年代と2005年を比べると、食口が減ってしまいました。このような難しい状況において、私たちは皆共に、心を一つにして立ち上がらなければなりません。木の束のように、一つに結束してこそ、折られないのです。お互いが分裂していれば、どんなことも成し遂げることはできないでしょう。

統一教会人として、私たちは真の父母様を救世主、メシヤ、人類の真の父母として証ししなければならない使命があります。世間の人々を、真の父母様の孝子孝女として生み変えなければならない使命を持っています。このような使命は、一人の力では成すことができません。心を一つにして立ち上がり、共に働かなければなりません。

デモの心理学と天福宮摂理

李明博大統領が仏教を疎かにする対応を示したと思われた後、2008年8月27日、僧侶を含む5万名あまりの仏教信者が市庁前広場に集まり、平和デモをしました。仏教界はこのような集会を通し、韓国社会において仏教が持つ本当の力と影響力を見せようとしました。これは、大統領の謝罪を受けるための団体行動でした。政府がキリスト教だけでなく、他の宗教も尊重してくれることを願ったのです。そして、私たちは大統領と政府の態度が変化した姿を見ることができました。

ここで、私たちが考えてみるべきことがあります。仏教信者の方々は、市庁前広場に全体で集まるのではなく、各自が生活しているところで、通りごとに一人ずつデモをすることもできたはずです。しかしそのような示威戦略は、彼らの力を分散させてしまいます。それで彼らは皆が一つの場所に集まり、団結した力を見せつけたのです。これが正に、デモの心理学です。一緒に集まった時、より大きな効果を得ることができるのです。

これこそ正に、私たちが天福宮の建立を通して得ようとしているものです。(長成期)天福宮は、ソウル市の龍山区でも、最も中心となる通りに位置しています。すべてのソウル市民が、それを見ることができます。統一教会が発展していく姿を世間に誇らしく見せてあげることができるのです。

今まで、教会は行事と大会を中心に行ってきました。ところが問題は、そのような行事と大会が一回性のもので終わってしまったということです。持続的に統一教会を知らせることができませんでした。しかし天福宮は違います。天福宮を通し、世間の人々は真の父母様と統一教会に対して学ぶことができます。驚くべき伝道の役事が起こるでしょう。

韓国教会の現実を振り返って見ましょう。全国を見れば、300を超える教会があります。その中には、食口数が50名程度の小さな規模の教会も多くあります。ところで問題は、このような小さな教会がお互いとても近いところに位置している場合があるということです。これはとても非効率的な教会運営の例です。これは、私たちの力を二つに分けてしまうのです。統一教会の共同体をより強固にし、健全にするためには、散らばっている教会の力をまとめなければなりません。心を一つにして結束し、社会を変化させなければなりません。社会の関心を得なければなりません。結束すれば、世間が考えるよりも、私たちが強いということを知るようになるでしょう。

恩恵深い夢の話

最近、ある食口の家庭とお会いしました。その家庭は、私たちをとても力づけてくれました。日韓家庭で、経済的にも大変な状況なのですが、天福宮摂理のためにも多くの精誠を捧げてくださいました。その家庭の韓国婦人は、夢で食口たちがとても美しい、格好良い教会に集まって礼拝を捧げる夢を見たと言いました。霊界が夢を通して、あらかじめ長成期天福宮のビジョンを見せてくれたのです。その食口は、夢の中で見たその教会に、とても感動したといいます。誰にでも誇らしく見せてあげられる素敵な教会であり、真の父母様を証しながら、多くの人々が共に礼拝を捧げていたといいます。

その食口は、以前は教会がとてもみすぼらしくて、伝道対象者を教会に連れていくことができなかったのですが、その夢を通して自信を持ったといいました。その食口の夢の話を聞いて、私も大きな力を得ました。本当に今や、新しい統一教会の姿を世間に見せてあげなければなりません。これ以上、迫害を受けて勇気を失ったまま、信仰生活をすることはできません。私たちは耐えるだけ耐えました。これから信仰の力で、真理で、透明性で、正直さで、成熟さで国を動かすことができると信じましょう。

何日か前に会った牧会者も、統一教会に対する深い愛情を表現してくれました。“1世であるお父さんの生涯が虚しいものにならないよう、最善を尽くして統一教会のために働く”と話していました。今、この時代が統一教会の最後のチャンスになるという思いで働いていると言っていました。

食口の皆さん!韓国の統一教会の状況を見てください。統一教会に対する言論の態度が変わりました。教会に専門的で透明なシステムが定着しています。選挙を通し、良い指導者を選出しています。私たちに与えられた貴い機会を逃してはいけません。真の父母様がこの地上にいらっしゃる時、勝利の栄光をお返ししなければなりません。

集まり、積もれば、より大きな力になります

アメリカの南部地域は、台風と洪水など、天災地変によって被害を受けるケースが多くあります。洪水が起これば、市民は力を合わせて砂袋を一つずつ運び始めます。砂袋があちこち散らばっていれば、とてつもなく速い速度で広がる水を防ぐことはできません。砂袋が一つのところに集まって積もった時、洪水で氾濫する巨大な水流を防ぐことができます。お互いに支え合い、より大きな力と防御力を備えるのです。

私たちの教会も同じです。現在の教会の状況は、散らばった砂袋と同じです。このような状況では、決して世間の大きな水流を防ぎ、変化させることはできません。私たちはお互いに一つになって、高く積まれなければなりません。結束すれば生き、散らばれば死んでしまうのです。

四匹の牡牛とライオン

紀元前6世紀の人物で、‘イソップ寓話’の作家として知られているイソップは、当時奴隷だったといいます。しかし彼は、多くの人々に教訓を与える話をたくさん創作しました。その中の一つが、‘四匹の牡牛とライオン’に関する話です。

四匹の牡牛は、とても仲良く過ごしていました。ですからライオンが攻撃してくれば、お互いに背中を合わせ、鋭い角で防御をするため、ライオンは決して牡牛を仕留めることができませんでした。そんなある日、牡牛の間で口ゲンカが起こりました。一匹の牡牛が、“あっちの渓谷にある草が一番新鮮で、おいしいよ。あっちに行ってみよう”と言うと、違う牡牛が“嫌だ!そこにある草は大したことない。僕にとっては丘の上にある草がもっとおいしい。今日は丘の上で一日過ごそう”と答えたのです。すると三番目の牡牛は、“丘の上まで大変な思いをして登りたくない。僕にとってはここにある草が一番おいしい”と続きます。さらに四番目の牡牛は、“君たちが話しているところにある草は、みんな大したことないよ。僕と一緒に、新たにおいしい草を探しに行こう”と言いました。

一番目の牡牛は、“僕の言うことに従えないというんだな。だったら、君たちの思う通りにやりなよ!”と言いました。二番目の牡牛は、“僕は君たちが何と言おうとも、丘の上に登ってやる”と答えます。三番目の牡牛は、“僕はこのままここにいるよ。だけど君たちがそれぞれ離れてしまったら、ライオンが君たちを捕まえて食べちゃうだろうな”と続きました。四番目の牡牛は、“ライオンなんか恐くもない。もし君たちの中で、誰も僕と一緒に来ないなら、一人ででも、もっとおいしい草を探し回るからね。僕は君たちよりも長く生きたから、一番おいしい草がどこで育っているのか分かる。僕についてくるのが、君たちみんなにとっていいだろうに”と言いました。“僕らは君についていかない。君が年上だからって、僕らのリーダーってわけじゃない。” 他の三匹の牡牛が答えました。

結局、牡牛たちはお互いに意見が合わず、ばらばらに散らばってしまいました。そして、それを見守っていたライオンが、一匹ずつ牡牛を仕留めました。牡牛たちの分裂と自己中心的な思いは、皆を死の道へと追いやったのです。牡牛たちは、一緒に集まって彼らの角で四方を防御すれば一番強力な力を持つという事実を忘れていました。牡牛はお互いに違う思いで分裂した時でさえも、一人の力で生きていくことができると考えました。しかし皆、ライオンによって仕留められてしまいました。

統一教会も同じです。一つになってこそ、勝利することができます。一人の力でも、成し遂げることができるという愚かな思いに陥ってはいけません。信仰者として、心を合わせ、一つになって働かなければなりません。そうしてこそ、真の父母様に勝利の栄光を捧げることができるのです。

今日の教訓

今日、私たちは何を学ぶことができるでしょうか?真の父母様に侍ってくらすこの時代こそ、統一教会の歴史において、最も貴い瞬間です。国と民族の前に、真の父母様のみ言、真の父母様がなさってこられたこと、統一教会が成長して発展していく姿を見せてあげなければなりません。これは私たちの使命であり、これよりも偉大で誇らしいことはありません。

結束すれば生き、散らばれば死にます。一つになってこそ、勝利することができます。すべての社会が統一家の発展を見守っています。神様の真の愛を相続し、真の父母様に侍って、心を一つにして教会を発展させるならば、国と世界を導くことができる宗教になるでしょう。

食口の皆さん!私たちは天福宮を通して、統一家の確固たる信仰と発展を見せてあげなければなりません。結束すれば生き、散らばれば死にます。真なる教会の主人にならなければなりません。真のお父様がこの地上に生きていらっしゃる時、勝利の喜びと栄光を味わえるよう、共に努力しましょう。

皆さんがそのような心で一つになれば、より多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょう。神様の真の愛を相続し、天の祝福を周りと分かち合う、真の父母様の孝子孝女になるでしょう。