亨進様 天一国食口礼拝 2009年3月22日
天一国食口礼拝 2009年3月22日 孝進様昇華一周年追慕礼拝の説教(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/249

<文亨進堂会長様の挨拶 designtimesp=12442>

食口の皆さん、こんにちは。孝進兄の昇華一周年追慕礼拝に参席してくださったことを、心から感謝いたします。この一年間、本当に多くのできごとがありました。そのような中で、孝進兄が残してくださった貴い遺産について思いを巡らしてみます。孝進兄は本当に、食口を愛されました。韓国のある祝福家庭の話ですが、その家庭は不運にも、夫がいち早く霊界に行き、残された日本人の奥さんが一人で四人の幼い子供を育てていました。ある時、そのお母さんが用事で出かけなければならなくなり、子供たちが外に出て怪我をしたりしないようにドアに鍵をして、外出しました。しかしその間に火事が発生し、子供たちが皆、昇華してしまったのです。

孝進兄はその事故が起きた2、3年後にその知らせを聞いて、一人残された日本食口の元を訪ねました。そして傷ついた心を慰労してあげようと、愛情をもって尽くされました。これは一つの逸話ですが、食口に対するお兄さんの温かい心を確認することができると思います。

孝進兄は、私よりも20歳ほど年上です。お兄さんが大学に通っている時、私はまだおむつをはき、ハイハイしていました。とても年齢差があったので、お兄さんと一緒に過ごす機会はあまりありませんでした。幼い頃、私は榮進兄や善進姉と一緒にいたずらをして遊んだり、ケンカをしたりしました。部屋の中はめちゃくちゃになり、うるさくてどうしようもなくなります。ところがお兄さんが部屋の中に入ってくると、途端に静かになるのです。それほど、お兄さんからは威厳を感じもしました。しかしいつも弟妹たちを愛してくださり、深い配慮をしてくださいました。

孝進兄は真の家庭の子女の中で、最も大変な路程を歩まなければなりませんでした。孝進兄が真の父母様に従ってアメリカに移住した当時、統一教会はアメリカにおいて極度の反対を受けていました。70年代と80年代、アメリカの言論は、統一教会と真の父母様に対して否定的な記事をたくさん掲載し、陥れようとしました。お兄さんは真のお父様の息子だという理由で、学校から除け者にされ、からかってくる同級生たちとケンカもしました。お兄さんは自分が受ける苦痛は忍耐することができたのですが、弟や妹までそのような苦痛に遭わせないように、いつも保護してくださったのです。

このような一番大きい兄としての心情は、昇華される時まで、変わることがありませんでした。時間さえ許せば、弟妹たちを呼んで直接カルビを焼いてくださったり、漢南洞の近くの食堂で美味しいものをご馳走したりしてくださりながら、ためになる話をたくさんしてくださいました。公的な立場に立っている弟妹たちには、“あまり無理するな。一歩一歩進めばいいんだ”と激励してくださり、続いて“私は完璧ではない。問題があったことも知っている。だから、あなたたちはもっと頑張らなければならない。いつも謙遜な気持ちをもって働けば、あなたたちはしっかりと成し遂げることができるだろう”と語られ、勇気をくださいました。

何よりも孝進兄は、真の父母様に絶対的な孝子であられ、深い心情を持った方でした。いつも弟妹たちに、“真の父母様のために命をも捧げることができるという気持ちで進まなければならない”と指導してくださいました。

私は、孝進兄が霊界で大きな使命を果たしていらっしゃるということを知っています。お兄さんが昇華されてからの一年間、多くの霊的役事が起こりました。孝進兄が善なる霊界を率い、地上の摂理に協助していらっしゃるのです。

最近、アメリカから崔妍娥姉と五名の甥姪が一緒の漢南洞公館に引っ越してこられました。これで漢南洞には、孝進兄の家庭、薫淑姉の家庭、國進兄の家庭、善進姉の家庭、そして私の家庭が一緒に暮らしていることになります。子供たちだけでも、17人です。愉快なことも多いのですが、時々、うるさ過ぎるという思いも湧きます。(笑) お兄さんが残された子供たち、信出、信興、信汝、信順、信振から孝進兄の心情と愛が溢れ出ているのが分かります。“お兄さんはこのような方だったのだなぁ”と悟らされ、感動せずにはいられません。

過去一年間、妍娥姉は孝進兄を霊界に送り、とても大変そうな時もありました。眠れずに夜が明けることもありました。私が早朝精誠のために準備をしている時、妍娥姉が祈祷している姿を、何回も見ました。孝進兄に対する慕わしさと、甥や姪たちを一人で育てながら、多くの困難があったことでしょう。しかし私たちの信出、信興、信汝、信順、信振は皆、健康ですくすくと成長しています。霊界にいらっしゃるお兄さんと、地上で直接面倒を見られる妍娥姉の愛が、甥姪たちをより成長させてくださるでしょう。素晴らしい真の家庭の三代となることでしょう。

食口の皆さん!喜んでください。孝進兄の昇華一周年を迎え、真の父母様は妍娥姉を鮮文大学の社会学教授として推薦してくださり、世界平和女性連合の副会長として祝福してくださいました。それでは、大きな拍手で崔妍娥牧師を壇上にお迎えしましょう。

<崔妍娥様の説教 designtimesp=12458>

感謝の心と決意

本部教会に来ると、幼い頃を思い出します。当時は真のお父様が直接壇上に立たれてみ言を語ってくださり、早朝から食口たちが聖殿にいっぱいに集まりました。席が足りなくて、後ろに立っておられた方も多かったと思います。今日は、孝進様の追慕礼拝に当時と同じくらい多くの食口が参席してくださったようです。孝進様追慕礼拝に来てくださったすべての食口の皆さんに、心から感謝申し上げます。

食口の皆さんが真の父母様と真の家庭を心から愛してくださっていることをよく知っております。また、孝進様が昇華された後、私の家庭のために多くの祈祷と精誠を捧げてくださったことも、よく知っております。ありがとうございます。私も頑張って、天の前に誇らしい真の家庭になることができるよう努力いたします。

私は孝進様の昇華礼拝の時に壇上に上がって以来、ほぼ一年ぶりにこの場に立ちました。今回来てみると、本部教会は以前とは全く違う姿になっていました。食口の数もたくさん増え、聖歌隊も成長し、インテリアも新しいものになっていました。本部教会は誰に見せても誇ることができる、美しく温かい教会になりました。ここまで来るために苦労された堂会長ご夫妻、牧会者の方々、女性会長の皆さん、スタッフ、そして食口の方々、皆さんに感謝と讃美の拍手をお送りしたいと思います。

信仰の祖国、韓国を慕われた孝進様

壇上に上がりながら、皆さんにどのようなお話をすればよいのか、たくさん悩みました。まず孝進様が昇華された後、この一年間、私が生活をしながら感じた内容をお話しさせていただこうと思います。

昨年11月、私の家庭は、アメリカから漢南洞の公館に引っ越してきました。実は、孝進様は生前、韓国で暮らしたいと言われていたのです。私の記憶では、2007年の秋頃だったと思います。孝進様が突然“私たちも韓国に行って暮らそうか?”と、私に尋ねられたのです。私はその時、“韓国、いいですよね。言葉も文化もよく通じるし、いいと思います。ただ、子供の教育が心配です”と申し上げました。私も韓国で育ったのですが、韓国の子供たちは大学進学という目標のために、中高生の時期は勉強だけに集中する傾向があります。それで子供たちがとても大変になりそうだし、また、5人にもなる子供たちを韓国で教える意欲があまり湧かなくて、“もう少し考えてみたらよいのではないでしょうか?”と申し上げ、会話は終わりました。

“なぜ孝進様が突然そのようなことを話されたのだろうか?”と今でも考えます。それ以前にも、子供たちを韓国に送って、韓国語を教えないといけないということは語られていましたが、韓国で暮らそうとは、言われなかったのです。真の家庭の子女様は、私たちと変わらなく見えるかも知れませんが、特別な直感と霊感を持っていらっしゃいます。とても鋭敏で、速いのです。ですから、信仰の祖国、韓国を中心に特別な摂理が進行していることを理解されたのでしょう。孝進様は、真の父母様の側で直接侍る機会は多くありませんでしたが、霊界が孝進様に何か重要なメッセージを伝えてくれていたようです。

漢南洞に来るまで

去年、真の父母様は“夏休みの後に、一緒に来て、新しい気持ちで出発するのが良い”とおっしゃられたので、私は“そのようにいたします”と申し上げました。夏休みに入り、真の父母様のみ言もあったので、韓国に行かなければならないのですが、うまくできるかどうか、心配になり始めました。5人の子供を連れて韓国でうまくやっていけるだろうか?いったん、男の子2人だけを連れて韓国に行こうか?それとも、上の子だけを連れて行こうか?私の母がいるから、子供たちを何ヶ月か預け、順番に一人ずつ連れてこようか?…しかし、それは情緒的に、子供たちにとって良いことではないような気がしました。どこに行くにしても、一緒にいることが、最も良いだろうとは思いました。末っ子は、今2歳になります。四番目は6歳なので幼稚園に通わなければならないし、三番目は小学校一年生、二番目は二年生、一番目は四年生です。5人の子供一人一人にとって、母親の助けが必要です。また、父親の愛もたくさん必要な時期です。父親が昇華した後、その空いた心の隙間を埋めることができないので、子供たちはより一層、私たちに頼ります。しかし、5人に子供が一辺に頼ってくれば、私はとても耐えられないでしょう。

子供たちの養育問題について悩みに悩んだ結果、結局、真の父母様のみ言に従うのが最善だと思うようになりました。最初は娘2人をアメリカに置いて、3人だけ連れてこようと考えていました。真の父母様にご挨拶し、残りの子供は少し後に連れてきますと申し上げるつもりでした。しかし、去年の11月、韓国への出発を前にして、二番目の娘、信順が病気になり、肺炎の症状が現われたのです。そして、少し経つと、今度は一番下の息子も病気になりました。このようなことが起こり、“子供たちを皆一緒に連れていくのが、神様の願いではないだろうか”と思うようになったのです。そう考え直してから病院に行ってみると、いくら検査をしても、異常がないというのです。私はその時、子供たちを通して、天が私の家庭が行くべき道へと導いてくださっているということを確信することができました。

幸せそうな子供たち

漢南洞に引っ越してきて、初めの二ヶ月間は、とても慌しく過ごしました。家の整理もしなければならなかったし、保険問題、子供たちの学校問題など、しなければならないことがとても多くありました。書類を作成して処理するのが趣味だったら良かったのですが、不幸にも、そのようなことはとても嫌いで、書類の様式を見るたびに頭が痛くなったりしました。子供たちのことで学校の先生にも会わなければならなかったし、子供たちが学校に行くたびに準備物を揃えてあげるのも、大変なことでした。“こうだと思った。韓国で5人の子供を育てるのは、全然簡単じゃない!”と思い、後悔することもありました。

ところが、子供たちは韓国に来たことを、とても幸せに感じているのです。漢南洞の二階には私の家庭の子供たち5人、亨進様家庭の子供5人がいます。そして一階には國進様の家庭の子供5人、そして興進様家庭の子供が2人住んでいます。このように、漢南洞では17人の子供たちが育っているのです。誰かの誕生日になれば、誕生日ケーキを切ったり、ピザを注文して食べたり、わいわいがやがや、とても慌しくなります。一方では泣き喚いたりケンカをし、もう一方ではあちこち駆け回って遊んでいます。

特に、私たちの家庭の末っ子、信振と亨進様家庭の末っ子、信得はお互いにとても気が合うようで、よく一緒に遊びます。信振が2歳、信得は4歳になるのですが、2人が一緒に遊んでいてケンカでもすれば、信振の方が少しばかりたくさん泣きます。信振は一度怒れば、床に寝転がって泣き、駄々をこねます。地面に額を打ちつけ、とにかく大騒ぎです。頭に青いあざができたりもします。信得も性格はすごいです。文氏の家庭の子供たちは、皆、頑固なことが、家門の特徴ではないかと思います。(笑) 真のお父様が認定された、文家の頑固さです。2人の子供に全く同じトーマスの機関車のおもちゃを買ってあげても、朝から夜までケンカしています。それぞれ名前を書いてあげても、相手の手に握られているのが、もっと良く見えるようです。

17人もの子供たちが育っているので、似たような年代が多くいます。亨進様の家庭の男の子たちと、私たちの家庭の子供たちを見れば、小学校五年生の信八を基準として四年生、三年生、二年生、このように4人が似たような年齢です。アメリカで幼い頃を一緒に過ごしたため、亨進様家庭の信八と信萬が韓国に行った時、私たちの家庭の子供たちも韓国に行きたがりました。韓国でお互いに会ってから、まるで水を得た魚のように一緒に行動し、朝から晩まで遊んでいます。漢南洞の公館が広いので、どこかに消えてしまえば、探すことができません。電話をして、ようやく探すことができるのです。ですから苦労して探して、“どこかに行くなら、一言でも残してから行きなさい。お母さんを心配させないで!”と話しています。

娘たちの年齢も似ています。信汝と信宮は、一緒の年に生まれました。2ヶ月くらい離れているのですが、信汝の方が少しお姉さんです。その次の年に信越が、さらに次の年に信順が、そして信來、信受が生まれました。國進家庭の子供まで合わせれば、それこそ皆、似たような年齢です。信兒と信八が一番上になります。最も幼い信受は、いつもお母さんの情が慕わしいのか、お母さんを追いかけています。信兒は一番上のお姉さんとして、たくさんの子供たちを面倒みなければならないのですが、ある時“弟妹たちが、私の言葉を聞いてくれません”と、傷ついて泣いていたので、“あなたが一番上のお姉さんだから、弟妹たちを理解してあげ、よく教えてあげてね”と話しました。私の一番上の娘も、“なんで私だけ毎日我慢しなければならないの?弟妹たちは私のことなんて少しも考えてくれないのに”と不平を言います。その下の信順は、泣きながら“お姉さんに叱られた”と言い、私のところにやってきます。

ケンカするのは一瞬だけです

たった一日だけを見ても、子供たちによってたくさんの事件が起こります。お互いに取っ組みあってケンカしたりもしますが、結論は一つです。ケンカするのは一瞬であり、それよりももっと多くの時間、お互いを慕い、大切にし合うということです。

最近、信俊と信得は再び清平の天正宮博物館に行って、真の父母様と一緒に過ごしています。亨進様の家庭が、真の父母様のために送ったのです。信振はずっと信得とトーマス機関車を取り合ってケンカしていたのですが、ある時から信得がいなくなったので、会いたくなったようです。何日か前、真の父母様にご挨拶するために、私たちの家庭も天正宮博物館に行きました。その時、信得が寝る前に王アッパと王オンマであられる真の父母様に敬拝を捧げに行こうと、廊下を歩いていました。そこで、信得と信振が会ったのです。信振は言葉がちょっと遅いのですが、信得を呼びながら駆け寄り、信得もこちらに来て、お互いに抱きしめ合うのです。泣いたり叫んだりしながらケンカをしていたのはいつの話だったのか、何日かお互いに会えないと、そこまでして喜ぶのです。また、信振は食いしん坊なのですが、真の父母様にご挨拶をした時にもらったチョコレート二個のうち、一つを信得に絶対あげるんだと言いながら、渡していました。

実際、子供たちがケンカをしていれば、親も気分が良くありません。ですから、子供のケンカが父母のケンカになるという言葉もあるのです。しかし、こうやって従兄弟たちが一緒に暮らしながら、お互いに尊重し合い、幸せそうにしている姿を見ると、ただ天の前に感謝するのみです。おかげで、私たちの家庭の子供も、韓国の生活にしっかり適応しています。お父さんが霊界に行きましたが、それによって萎縮したり、寂しくしている姿は見られません。従兄弟たちと幸せそうに過ごしているし、叔父さんや叔母さんたちが、とてもよくしてくれるので、お父さんがいなくなった心の隙間がある程度、埋められているみたいです。

私たちの子供が、父親を失った痛みと悲しみに浸るのではなく、明るく天真爛漫にこの一年間を過ごすことができたのは、ただただ、真の父母様が私たちの家庭を心配してくださり、韓国に呼んで、漢南洞で一緒に暮らすことができるようにしてくださったからです。この一年を通して、‘真の父母様の深い御旨と心情’をもう一度悟ることができました。孝進様の昇華後、私が立ち直れたのかどうかはよく分かりません。孝進様を失った心の隙間は、生涯感じ続けることでしょう。しかし子供たちの幸せそうな姿を見ることができるというのは、とても幸福なことです。心が乱れて大変な時、子供たちの幸せそうな姿は、私が息をつくことができる余裕を与えてくれます。“そうだ、もう子供たちは心配ない”という基本的な信頼感があるということは、本当に幸福なことです。

真の父母様の心情と感謝の気持ち

アメリカにいる時、仁進様と顯進様も、私の子供たちに本当によくしてくださいました。顯進様は公的なお仕事でいつも忙しくされていましたが、時間が空くたびに、子供たちと一緒に遊んでくださり、おもちゃを買ってくださったり、映画館に連れて行ってくださったりしました。また、去年の夏、仁進様が主管された食口集会に行きました。仁進様家庭の末っ子、信平が信出よりも一、二歳年上なのですが、仁進様家庭は信出、信興、信汝、信順に対して一つ一つ気にかけてくださり、お父さんお母さんのように楽しく遊んでくださいました。韓国に来てからは、既に申し上げたように興進様家庭、國進様家庭、善進様家庭、亨進様家庭が皆、いつも私たちの家庭を面倒見てくれています。

真の父母様の愛と配慮が、私たちの家庭にいつも降り注いでいます。真の父母様とただお会いするだけでも、心に深い感動が湧いてきます。視線や手ぶりのお一つお一つに愛が込められています。“あぁ、これが正に真の父母様の愛なのだなぁ!このように父母様は、孝進様を愛されたのだなぁ!”ということを感じることができます。そのような真の父母様の愛と心情を思うと、心が痛くなってきます。父親がいない中で育つ私の子供たちを見ながら、“本当にかわいそうだ”という気持ちが湧いて涙も流しましたが、父母の立場で、5人もの子女を霊界に送られた真の父母様は、どのような心情だったのでしょうか?そのようなすべての事情を後にして、ただ天の御旨のためだけに生きられる真の父母様を思えば、自然と頭が下がります。この一年間、そのような真の父母様の心情に少しでも近づくことができたことが、感謝です。

また、多くの食口の皆さんが、霊界で孝進様が位置をつかむことができるように精誠を尽くしていらっしゃるということをよく知っております。心から感謝いたします。漢南洞で真の家庭のために献身的に尽くしてくださっている多くのスタッフの皆さんにも、感謝いたします。皆さん、心配しないでください。私と子供たちは、皆さんのおかげで明るく、健やかに過ごしています。幸せに過ごしています。孝進様も、霊界から私たちが過ごしている姿を見て、とても喜ばれるだろうと思います。

孝進様の愛と決断

孝進様は5人の子供たちを、御自分の命のように愛されました。先ほどの映像を通しても確認できたと思いますが、孝進様は子供たちと一緒にいらっしゃる時が、一番明るく、平安だったと思います。孝進様は子供たちに、大きな希望を持っていらっしゃいました。子供たちがしっかりと成長し、夢を描き始める時、もっと良い環境で活躍できるように準備をされました。そのようなことをするのが、孝進様の人生において最も貴い部分でした。霊界に行かれても、統一家の未来のために歩んでいらっしゃると思います。

孝進様はそれほどまでに子供たちを愛されましたが、それよりももっと大きく、最高の精誠を込めて真の父母様を愛されました。孝進様がもし子供たちのことだけを考えておられたならば、あのように霊界に行かれはしなかったと思います。しかし真の父母様が歩まれる道を少しでも楽にしてさしあげようと、決断されたのです。

食口の皆さん!皆さんが孝進様を追慕し、孝進様から学ばれるとするならば、孝進様の真の愛を記憶してください。最も重要なのが真の愛です。私たちは人生を送りながら、愛という感情が目に見えないために、それを感じることができないことがあります。しかし、人生において最も重要なのが愛の道です。真の愛だけが永遠なのです。そして真の愛の中心には真の父母様がいらっしゃいます。

孝進様のみ言チームワーク’

2006年から2007年にかけて孝進様がアメリカで語られたみ言を、真の父母様が本として出版してくださいました。心から感謝いたします。今日は2006年3月12日、チームワークについて孝進様が語られたみ言を奉読し、終えさせていただこうと思います。

<孝進様のみ言 designtimesp=12509>

お元気でしたか?いいですね。また、審判の一日がやってきました。今日はとても基本的な主題について、お話ししようと思います。チームワークについてです。チームワークは、人によって様々な形で理解されます。基本的には、肉的な側面と知的な側面において、チームワークがあります。私たちのような人にとっては、さらに霊的な側面においてのチームワークがあると言えるでしょう。すべては、その中に含まれます。そうでしょう?それが私たちにとって、優先的に重要なことです。当然、重要なのです。

ところで、現実という側面においてはそうかも知れませんが、信仰という、より大きな枠において重要なことは、死後の人生です。どのように、“よく”死ぬかということが、問題になるのです。“よく”死ぬかという概念を違う言葉で表現すれば、生きることに対する究極的な自己主管ということです。避けることのできない‘死’のために、‘生’を主管し、“よく”生きることです。‘生’を主管しましょう。これが日常生活において、私たちが成そうとしている内容です。

人は誰でも、家庭に属しています。ところで家庭を一つの単位として見ても、何かのテストをすれば、明らかにうまくこなす家庭と、そうできない家庭が出てくるものです。個人においてそうであるようにです。ある家庭は、特別な助けが必要です。そうでしょう?ですから、それを支援してあげる団体とチームワークが必要なのです。

最も重要なことは、自分が頼ることのできる支持基盤を築くことです。これは、独立と正反対の概念です。独立心と個々人の特性について論じる前に、まずチームワークについて考えてみましょう。チームワークのようなものがなぜ必要なのでしょうか。何かを一人でするのは、とても難しいからです。それが理由です。一人でするのが面倒で、または生計維持のためだけにチームワークが必要なのではありません。皆さんがより大きな価値を信じる、その信念のゆえにチームワークが必要なのです。

現在の地上での‘生’というものは、結局、終着点のために自分を準備する過程なのです。そして、そのための支持基盤が必要です。私を理解し、同じ宗教を信じ、時には私を面倒見てくれ、頼ることができる、そのような人たちが必要です。このような内容が重要なのです。そういう基盤がなくては、ことが進みません。最も単純な物理的段階においても、これに対する理解がなければ、進まないのです。

利己的で個人的な動機だけをもってしては、チームプレイヤーになることができません。堕落前のエデンの園には、善悪を知る木があったといいます。その実を取って食べて堕落したのですが、堕落自体は、その前にあった何かの動機の結果物です。その堕落の動機となったものが何かと言えば、利己心と利他心の間における葛藤です。独立か、チームワークか。これは皆さんが好もうと好むまいと、いつもつきまとう課題です。すべてのことが成され、御旨が完成して復帰が終わったとしても、この問題は継続するでしょう。再び、頭をもたげてくるでしょう。これは絶対的な事実です。

だとすれば、このような現実をどのように変化させますか?どこから始めなければならないのですか?自分自身を見つめてください。何をすることができますか?私たちが答えなければならない最も基本的な質問がこれであるならば、私たちは今、どの辺に立っていますか?究極的に私たちの目標を達成するために、どのような共同体を作ることができますか?誰かがしなければならないことです。

皆さんは今、どこに立っていますか?私は皆さんのことをよく知りません。皆さんも、私に対してはそうでしょう。ですから、情熱をもってそのような共同体を作るところから始めてください。情熱をもって、関係を結ぶことができる人を探してください。そのチームワークが肉的か、知的か、霊的なのか、それが重要なことではありません。自分と一緒に動くことができる人を探し、共同体を作ってください。私たちがここに集まっていることを明確に理解する限り、それが最も健全な方法です。

経験を通して見つめてみると、最終的には、お互いに出会わなければなりません。そして、それが絶対的なものでなければなりません。皆さん、最善を尽くしてください。なぜですか?ある人は、一人では働くことはできません。最も偉大な人でもそうなのです。真のお父様のような方も、一人では成すことができないことがあります。ですからお父様も、皆さんを必要とされるのです。

皆さん、分かるでしょう?私たち個々人は足りないのです。不足なのですが、それでもお互いに分け与えながら、尊びながら、満たし合っていけば、真の愛のチームワークをもって、真の父母様の前に本当に大きな力になって差し上げられると思います。

ですから皆さん、私たちがいつも共にいるということを忘れないでください。私を見れば、分かるでしょう?私が一人で、どうやってここまで来られるでしょうか?皆さんの真の愛のゆえに、そのチームワークのゆえに、私がここまで来られたのです。ですから、これからも力を出して、より充実した姿で、よりために生きる姿で、真の父母様と共にこの道を歩むことができれば、と思います。ありがとうございます。