亨進様 天一国食口礼拝 2009年2月15日
天一国食口礼拝 2009年2月15日 亨進様の説教 “あなたの挑戦に挑戦してください”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/238

挑戦に挑戦しよう

皆さん、今日は“あなたの挑戦に挑戦してください”という題目でお話いたします。祝福の人生を生きたいと願うならば、私たちの人生に近づいてくる挑戦に挑戦する方法を学ばなければなりません。人生において誰でも試練と挑戦に出遭うでしょう。それは環境から来ることもあるし、人から来ることもあるし、その時の状況から来ることもあります。挑戦に直面した時、私たちは二つのうちの一つを選択することができます。一つは肩をすくめて萎縮しあきらめてしまうことであり、もう一つは自分に対する信念を持って大胆に挑戦と向き合うことです。

ここで、自分に対する確信を持つということは、決して傲慢になるという意味ではありません。挑戦に挑戦することができる大胆な心は、祝福の人生を生きるための最も重要な鍵の一つです。

『世界経典』の教え

旧約聖書のゼカリヤ書13章9節を見れば、“わたしはこの三分の一を火の中に入れ、銀をふき分けるように、これをふき分け、金を精錬するように、これを精錬する。”という言葉が出てきます。

またインドのシャーンティデーヴァが書いた入菩提行論7章23節を見れば、このような文言が出てきます。“医者は皆、治療をする際に少しずつ痛みを与えながら病気をなくす。したがって、大きな苦痛を克服するためには、それに見合う痛みに耐えなければならない。”

イスラームの経典であるコーラン21章35節を見ると、“人はすべて死を味わう。われは試練のために,凶事と吉事であなたがたを試みる。そして(最後は)われに帰されるのである。” (日本ムスリム協会発行 「日亜対訳・注解 聖クルアーン(第6刷)」より)という言葉があります。

そして真の父母様は、み言選集67巻100ページにおいて、このように語られています。“すべての問題に対して疑いを持つなというのです。正面から挑戦して行けというのです。高い山があれば、必ず谷があるのと同じく、試練があれば必ずその試練に見合った福が訪ねてくるのです。神様が、善が訪ねてくるのです。冬が過ぎれば、冬の峠を越えれば春はやって来るのです。同じなのです。その次には夏が来ます。谷は夏と同じです。それが発展の現れだということを知らなければなりません”食口の皆さん!これらの教えは、人生において出遭う挑戦をどのような観点で見つめ、どのように対処するかによって人生が変わり得るということを私たちに教えてくれているのです。

クリストファー・コロンブスの挑戦

クリストファー・コロンブスは1451年にイタリアのジェノバで生まれました。10代の終わりから父親の家業である毛織物業者の仕事をやり始め、沿岸の交易にも出掛けたりしながら働きました。ヨーロッパの国々は当時、陸路を通してインドと中国を行ったりきたりし、絹や香辛料のような高価なものを輸入していました。ところがコンスタンティノープルがオスマントルコによって1453年に滅亡し、アジア地域に通じる陸路がとても危険になったため、彼らは違う道を開拓しなければなりませんでした。

1480年代、コロンブスは西廻りの航海によって大西洋を横切り、アジアや日本(シパンゴ)、インドに行くことを考え、ヨーロッパとアジアを新しい方法によって連結しようと計画を立てました。当時、アメリカ大陸は発見されていなかったため、コロンブスは地球が丸く、その長さは25,255kmであると推定しました(実際の地球の円周は約4万km)。彼は1483年の終わりごろ、当時のポルトガル王であったジョアン2世を訪ね、航海計画を説明して後援してもらおうとしました。ジョアン2世はコロンブスの提案に関心をもちますが、船隊を編成させる財政的余裕がなく、非現実的な計画だとして、拒否したのです。

その後、コロンブスは南スペインやセビリャなどで大貴族などのリーダーに会って、航海計画を明かしました。しかし彼はそこでも成果を上げられず、失敗をすることになります。1486年にはスペインのフェルナンド王とイサベル女王を訪ねますが、明確な成果を出すことができないまま、帰ってこなければなりませんでした。彼は1483年終わりころから約8年間、多くの失敗を重ねますが、決してあきらめませんでした。そしてついに、1492年4月17日、スペインのイサベル女王との間で協約書が交わされて、航海に対する全面的な支援を受けることができたのです。

私たちはコロンブスという人物について知っていますが、彼が大西洋航海の後援を受けるために約8年間失敗に失敗を重ねたという事実をあまり知りません。彼は嘲笑と侮辱を受け、とても長い間、成果を上げることができないままいつも寂しい足取りで帰らなければなりませんでした。しかし彼は、決して挫折したりあきらめたりはしませんでした。粘り強く、挑戦に挑戦を重ねたのです。

私たちの人生も同じです。時には大変な挑戦と試練に出遭うことがあるでしょう。皆さんの夢とビジョンが非現実的だと言われるでしょう。しかし、私たちは決してあきらめてはいけません。知恵深く闘わなければなりません。大胆に、勇気を持って挑戦に挑戦しなければならないのです。

ピザ屋でのできごと

先週、礼拝を終えて家に帰る途中、漢南洞にあるピザ屋に寄りました。ピザ屋の社長はカトリック教会に通うかっこいい40代の女性の方です。ところで、その日はその社長さんが、とても疲れて見えました。何かあったのか尋ねてみると、その方のおばさんが亡くなられて、おばさんのために聖堂を何回も行ったりきたりしながら祈祷を捧げてきたというのです。そのことはとても傷心した様子で、ワインを飲んでいました。とても悲しそうに見えました。

私は食事をしながら、妻にこのように話しました。“あの方には祈祷が必要なようだね。私たちはあの方のことをあまりよく知らないけれど、祈ってあげたいね。私たちは、牧師じゃないか!” 妻も私の気持ちに同意してくれました。ところが食事をしながら、いろいろな思いが湧いてくるのです。“ここはうるさいし、人も多いピザ屋なのに、どうやって祈祷することができるだろうか?じろじろ見てくる人も多いだろうし、韓国語も完璧じゃないから、祈祷をしながら失敗をしたらどうしようか?私たちが何者かを知って、自分はカトリック信者だから私たちの祈祷は受けないと言ったらどうしようか?”

食事を終えて会計をしに行きながら、心臓がどきどきと高鳴り、とても緊張しました。しかし私は、そのような恐れと挑戦に屈しませんでした。堂々と前に進みました。ピザの代金を支払いながら、私は“社長さん!今日はとても疲れて見えますね。私と妻は、牧師です。今日は社長さんのためにお祈りをしてあげたいです”と話しました。すると、その社長さんは心から感謝しながら、“お祈りしてください”と言いました。私と妻は、その方の手をしっかりと握りました。そして頭を下げ、その方のおばさんが神様の懐で永遠に安息することができるようにお祈りしました。それは、とても驚くべき経験でした。社長さんは心から感謝していました。

妻は社長さんを抱き、“社長さん、心配しないでください。おばさんは天の国の良いところに行かれたことでしょう”と、慰めの言葉をかけました。社長さんは外まで私たちを見送りに来てくださいました。その方の表情は、初めの頃よりもずっと明るくなっていました。

何日か後、私の息子がピザ屋での逸話を聞いてカップケーキを作り、その上に“頑張って!”と書いて社長さんにあげたといいます。社長さんはプレゼントを受け取りながら、私たちの祈祷で大きな力を得たと言ってくださったとのことです。

このようなできごとを通して、私はとても感謝の気持ちが溢れました。2009年はもっと勇気を持って大胆に挑戦する生き方をしなければならないと決意しました。皆さんにもこのような潜在力があります。どんな状況でも勇気を失わないでください。自らの挑戦に挑戦してください。

私たちが持たなければならない人生の姿勢

2009年、食口の皆さんはどのような心の姿勢で生活していらっしゃるでしょうか?否定的な気持ちと考えで、“国家的に、世界的に経済状況が大変だ。今年は私の人生で最悪の年になりそうだ。状況は決して良くならないだろう。もっと大変になるだろう。もう私たちは終わりだ。こんな状況の中で、どうやって耐えることができるだろうか!前に進むことはできないだろう”と言ってはいませんか?

そういう思いで意気消沈しないでください。皆さんに向かう神様の愛と祝福を確信してください。大胆に、皆さんに近づいてくる挑戦に挑戦してください。次のように叫んでください。“神様!あなたが私をどれほど愛していらっしゃるか、よく知っております。試練と挑戦を通して私をもっと強くされようとしているということを知っています”、“神様!あなたは決して私を手離さないということをよく知っています”、“神様!どんな苦難と試練があっても、私を勝利者の道に導いてくださるということを知っています”。

ボクシング・ヘビー級世界チャンピオン ジョージ・フォアマン

食口の皆さん!世界ヘビー級チャンピオンのジョージ・フォアマンを覚えていらっしゃいますか?アメリカ人は彼のことを、‘ビッグ・ジョージ’と呼んでいます。ジョージ・フォアマンは1969年、プロボクシング選手としての生活を始めました。彼はプロデビューして4年後の1973年、当時のチャンピオンだったジョー・フレージャーと世界ヘビー級タイトルをかけた試合をしました。誰もが、ジョー・フレージャーが勝利すると予想したのですが、結果はジョージ・フォアマンの勝利に終わりました。彼は24歳で世界ヘビー級を制覇したのです。

しかし翌年1974年、彼はモハメド・アリに敗北し、チャンピオンタイトルを奪われました。1977年には試合の後に日射病で、命まで危なくなったりしました。ボクシング選手生活を引退したフォアマンは、キリスト教信仰によって生まれ変わりました。そして10年間、教会で聖職の道を歩んだのです。ところが1987年、彼が38歳になった年に、彼はリングに復帰しました。スポーツ選手は普通、20代で全盛期を迎えます。多くの人は、彼の復帰を非難しました。しかし彼は一生懸命訓練し、試合に臨んだのです。

1994年、彼は当時の世界ヘビー級チャンピオンだったマイケル・モーラーに挑戦しました。27歳のモーラーは、彼のボクシング人生で最盛期を迎えていました。誰もが、モーラーの勝利を疑いませんでした。試合が始まり、フォアマンは8ラウンドまで一生懸命戦いました。しかし9ラウンドに入って、モーラーがとても強烈にフォアマンを追い込んだのです。フォアマンはコーナーに追い詰められ、試合は正に終わりそうな雰囲気でした。しかしフォアマンは何とかその場を耐え抜いたのです。10ラウンドを迎え、フォアマンはチャンスを捕らえてとても強力な右パンチをモーラーに見舞いました。モーラーはダウンし、フォアマンは45歳にして2回目の世界ヘビー級チャンピオンになったのです。プロボクシングの歴史上、最高齢の世界ヘビー級チャンピオンの誕生でした。

その試合は、誰もが不可能な挑戦だと思っていました。フォアマンはモーラーに比べてとても年をとっており、動きも遅くなっていました。彼の挑戦は無謀に見えたし、モーラーの勝利は当然だと思われていました。しかしフォアマンは決して恐れませんでした。すべての偏見と否定的な思いを振り払い、堂々と挑戦して、ボクシング歴史に偉大な足跡を残したのです。2003年、彼はボクシングの名誉殿堂に入ることになりました。

モーセと紅海の奇跡

食口の皆さん!モーセもやはり、彼の人生にやってきた挑戦に屈することなく、挑戦に挑戦した偉大な先知者です。モーセがイスラエル民族を率いて出エジプトをすると、エジプト王パロは“どうして、我々に仕えていたイスラエルを手離したのか!”と言いながら、選ばれた600台の戦車と指揮官、そして軍隊を送り、紅海の近くに宿営して留まっていたイスラエル民族を攻撃したのです。モーセとイスラエル民族は、とても大きな直面しました。前には海が横たわっており、後ろからは凶暴なエジプトの軍隊が追撃してくるのです。しかしモーセは恐れませんでした。彼は神様の能力と導きを信じていました。堂々と挑戦に向かい合ったのです。

神様は彼に能力を与えられ、海を分けられました。そしてその間をイスラエル民族が無事に渡った後、後ろから追ってきたエジプトの軍隊を丸ごと海に沈めてしまったのです。海が二つに分かれたかどうかというのは、決して重要な内容ではありません。ここで私たちが記憶しなければならないことは、絶望的な状況に出遭った時、モーセがどのように行動したかということです。彼は神様がいつも共にいらっしゃり、難しい挑戦に直面した時、その挑戦に打ち勝つことができる力をくださると確信したのです。

皆さんも人生を行きながら、絶望的な状況に陥り、これ以上前に進む道が見えなくなって、あきらめてしまいたいと思う瞬間に出遭うかもしれません。モーセも紅海の前でそのような絶望感を感じたでしょう。しかし神様に対する信仰が彼とイスラエル民族を救いました。人間としては到底どうすることもできない状況だとしても、神様が共にいらっしゃるならば、必ず明るい道を探し出すことができるのです。

教会の変化

韓国の教会も、変化と改革の時代を迎えています。この変化は、國進兄が財団理事長として赴任した4-5年前から始まりました。國進兄は一つの明確な目標と原則を立てました。國進兄は財団を、より透明で正直な、専門性をもった組織として変貌させました。誰も否定することができないとてつもない結果を生み出したのです。毎年赤字を記録していた財団を、3年間で黒字に転換させました。

2007年から、私は牧会を始めました。そして2008年4月には、世界会長に就任しました。私も同じく、國進兄のような目標と原則の下に働いています。解放釈放時代、食口たちの解放のために働いています。私は、私が持っている力と権威を食口の皆さんに分けて与えています。牧会者たちにも、教会のすべての権限をコントロールしようとはしないでほしいと、強く勧めました。食口により多くの力を与えてほしいと話しました。食口を教会の主人とするよう、強くお願いしました。

私には世界会長として、大陸会長に対し指導する立場にあります。韓国の総会長として、教区長に対しても指導する立場にあります。また、本部教会の堂会長として女性会長を任命することができる権限があります。しかし私はその権限を乱用しないよう自らを戒め、現場で、公職者たちが教区長を選出するようにしました。本部教会の23人の女性会長たちは、皆食口によって選ばれました。ところで食口にこのような権限を与えてみると、最も素晴らしい方々が女性会長として選ばれたのです。

そして牧会者たちには、女性会長をコントロールしようとしてはいけないと話しました。特に伝道の領域において、女性会長に自身のチームを運営し、活動に必要な予算を決定することができる裁量権を与えるように話しました。女性会長がより主体的で創造的に働くことができるように助けてあげてほしいと伝えました。皆さんは、‘ロード・オブ・ザ・リング’という映画を覚えていらっしゃいますか?力と権力を求める人間は、強欲にならざるを得ません。霊性を失い、暴君の道を行くようになるのです。

教会の中に、新しい文化が形成されています。國進兄からのアドバイなどの助けで、伝道システム、食口管理システム、会計システムなど、教会の運営システムがより専門化されています。以前は教会、協会、財団がお互いに有機的に協力し合うことができませんでした。しかし、今や3つの組織がお互いに調和を成して働き、相乗効果を生み出しています。私たちは皆、共に成長しているのです。

もう一つの巨大な挑戦

このように教会は発展していますが、私たちはもう一つの巨大な挑戦に直面しています。教会の急速な成長は、経営の合理化とシステム化という名目で、教会の本質を弱体化させる可能性があります。教会の指導者は霊性を失い、組織的な思考だけを追求する経営者に転落してしまう可能性があるのです。教会が信仰と霊性を失ってしまえば、企業と変わりません。

プロテスタントで急速な成長をしている教会を調べてみると、次のような共通点があることを発見できます。まず、教会を開拓する段階において、牧師は常に昼も夜もなく神様に祈祷し、精誠を捧げます。精誠の条件を立て、宗教人として献身的な生活をするのです。そのような精誠の土台の上で天が役事し、多くの人々が伝道されて教会は急速に成長していきます。ところが、教会が大きくなればなるほど、牧会者は行政と教会経営に奔走するようになるのです。より大きな、良い結果を引き出すことができる方法を探そうとするのです。すなわち、どのようなシステムを選べば、より効率的な結果を生み出すことができるか、悩むようになるのです。

ところでそのようになってくると、自然と、祈祷と宗教的献身生活が疎かになります。自分でも分からないうちに、宗教人としての純粋な信仰と霊性を失うようになるのです。霊的な指導者ではなく、TVショーの司会者のような人間になってしまうのです。ある早朝祈祷の時間に、私もそのような道を歩んでしまう危険性があるという思いが湧きました。

天からの霊感

私が生きてきた人生を振り返ってみると、神様が私と共に同行してくださったということを悟ることができます。特に、過去9年間、神様は私を導き、霊的な修行と献身の道、修道の道を歩ませてくださいました。今まで教会は、プロテスタント的な牧会方法をたくさん研究してきました。セルチャーチ、ホームグループと教会成長理論を研究しました。しかし、私はこれをもって、統一教会が世界的なレベルの宗教に成長することができるという確信を持つことができませんでした。プロテスタント教会には、霊的な修行に十分に専念する文化がありません。

またもう一つの挑戦は、去年、70人あまりの牧会者が退任したことです。このような元老牧会者の方々が本部教会に顔を出してくださる姿を見つめながら、まだ教会のために大きなことを成すことができる方々なのに、平凡な食口のような立場にいらっしゃるのを見て、とても心が痛かったのです。真の父母様に侍り、公的な道を30年、40年献身的に歩んでこられた方々です。そのような元老牧会者の中には、新しい人生の意味と目的を探し出すことができずに、とても大変な思いをされている方がいるという報告も受けました。元老牧会者のために、私はたくさん祈りました。

そのような中で、先日、正月の山上早朝祈祷を捧げていた時、特別な霊感が与えられたのです。“牧会者たちが65歳で定年退任をした際、それが公的な人生の終わりになってはいけない。新しい次元で天の摂理と連結させることができる制度とシステムが必要である。” このような天の役事と導きの中で、‘訓師の道’というものを開くことになったのです。

‘訓師’と‘訓師の道’

‘訓師’とは、どのような方をいうのでしょうか?‘訓師の道’とは、どのような道でしょうか?これから教会は、33年以上純粋な牧会をされ、400日精誠の基台を積んだ方々に、‘訓師’として精誠と修行の公的な人生を生きることができる道を開くでしょう。‘訓師’の方々は、早朝2時30分から霊的な修行と訓練を始め、一日に10時間の修行生活をすることになるでしょう。‘訓師’の道を歩きながら、8段階を経てより高い段階に上がることになります。私は‘訓師’こそ、教会の強固な霊的基盤になってくださると思います。教会が世俗化することを防ぎ、教会を生かすことになるでしょう。‘訓師’によって、統一教会の純粋な宗教生活の伝統が強化されるでしょう。‘訓師の道’は、元老牧会者の方々にとって新しい人生への転換点となるでしょう。

ところで、‘訓師制度’を運営するにあたって、一つの現実的な問題がありました。それは、教会の財政がまだ困難であるため、‘訓師’の方々に教会が経済的な支援をしてさしあげられないということです。私はこの問題に関して、とても悩みました。しかしこの問題に対しても一つの霊感を受けたのです。‘訓師’の子供たちこそが、父母が‘訓師の道’を歩むことができるように支援するのです。公的な道を歩んできた父母が、霊界に行く瞬間まで天の御旨のために働き、尊敬を受けられる道を歩めるように助けるのです。これは、自分を生んで育ててくれた父母の恩恵に応えることができる道を開くことになります。‘訓師制度’は、‘訓師’として任命される方々にとってWin(勝利)であり、その子供たちにとってもWin(勝利)であり、また教会にとってもWin(勝利)です。何より、‘訓師’の方々によって、教会の霊性が満ち溢れることになるでしょう。‘自分’を捨てて、天のために修行する‘訓師’の姿は、統一教会が持っている宗教的な純粋性を社会に証しするでしょう。また教会は、‘訓師’のための財政的な準備のために、食口の皆さんの献金をお願いする必要もありません。

‘訓師の道’は、本当に崇高な道です。厳格の修道の道です。本当に純粋な気持ちで歩まなければならない、宗教的な道です。‘自分’を捨てて行かなければならない道です。お金と権力、名誉に対する欲望を捨てていく道です。最も低く、謙遜な気持ちで‘訓師の道’を歩むのですが、結果的には、それが最も栄光ある立場に上がることになるのです。

教会が成長している状況において、私は成長に対する情熱がとても外的な発展にのみ、教会を追いやっていくのではないかと、心配しました。最も根本的な信仰と心情、そして霊性について悩みました。何よりも世界平和統一聖殿(天福宮)が建立された後のことで悩んだのです。今のような信仰では、世界平和統一聖殿を訪ねてくるプロテスタント教会、カトリック教会、仏教、イスラームなど、世界的な宗教の指導者たちや、霊的な修行の道を歩んでいる方々を抱いて導くことができないと思ったのです。しかし、訓師の方々が絶え間なく修行して教会の霊的な基盤を強固にするならば、心配する必要はありません。‘訓師’の方々の献身的な修道生活は、すべての人々を感動させるでしょう。すべての人々を自然屈伏させることでしょう。

今、教会は情熱的で体系的なシステムを構築しています。それぞれの分野が急速に成長しています。これに加え、厳粛で真剣な修行と修道の道を歩む‘訓師’が教会の霊性をより深く、しっかりとしたものにするでしょう。私は今、とても幸せを感じています。

今日の教訓

誰もが、人生の中で挑戦に直面することになります。2009年も、私たちはそのような挑戦に出遭うことでしょう。祝福の人生を生きる鍵は、皆さんがどんな姿勢でそれらの挑戦に対するかということにあります。

皆さん!出エジプトしたイスラエル民族を思い返してください。恐ろしい敵が後ろから迫り、前には紅海が横たわっています。皆さんがモーセのような状況にいるならば、どのようにされますか?ただ、あきらめてしまいますか?それとも二本の足でしっかりと立ち、堂々と挑戦と向き合いますか?モーセは神様を信じ、天の御旨に従いました。そして偉大な勝利者になりました。皆さんも挑戦と試練を通し、より大きな勝利者になることができるという信仰を持ってくださるようお願いします。

コロンブスの話を覚えていてください。彼は大西洋の航海に関して遠大な夢を描きましたが、約8年間、後援者を探すことができませんでした。失敗に失敗を重ね、寂しい足取りで帰途に就かなければなりませんでした。しかし彼は、決してあきらめませんでした。挑戦に挑戦を重ね、夢に向かって前進したのです。

ジョージ・フォアマンが38歳という年齢でリングに復帰した時、また45歳で世界ヘビー級タイトル戦を行った時、誰も彼の成功を信じませんでした。しかし自分に対する信念をもって大胆に挑戦し、彼は最高齢世界ヘビー級チャンピオンになることができたのです。

ジョージ・フォアマンのように、元老牧師たちも65歳になったからと言って、隠退するのではなく、‘訓師の道’を歩みながら、教会の霊的な根を強固にしてくださることをお願いいたします。統一家の3代が一つの心で世界平和統一聖殿の建立を成し、世界宗教を感動させることができる役事を生み出すことができると私は信じています。

食口の皆さん!2009年は皆さんすべてがより強く、大胆であることを祈願いたします。皆さんに近づいてくる挑戦に挑戦してください。試練と挑戦を通し、より強く、成長することができると確信してください。このような気持ちで生きることができるならば、皆さんは2009年においてより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得ることができるでしょう。祝福の人生を生き、世界に祝福を伝える誇り高い神様と真の父母様の息子娘になることができるでしょう。