亨進様 天一国食口礼拝 2009年1月25日
天一国食口礼拝 2009年1月25日 亨進様の説教 “肯定的な全心全力”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/233

祝福の人生

今日は“肯定的な全心全力”という主題でお話したいと思います。祝福の人生を生きるためには、肯定的な気持ちで、全心全力を尽くす情熱を学ばなければなりません。どんなことをするにおいても、そのような情熱をもって目標に向かえば、皆さんは成功する人生を生きることができるでしょう。

多くの人が、情熱をもって働くという時、外的な姿勢や行動についてのみ考えます。しかし、全心全力を尽くす情熱というのは、もっと内的なところから始まるものなのです。深くて真実な心と心情に根ざす時、情熱は人生の旅路において一貫性をもって持続するでしょう。

皆さんの中に内的な情熱が生きているならば、それは人生における最も大きくて貴い力になるでしょう。2009年、私たちの中にこのような情熱が燃え上がることを願います。このような情熱で2009年を最も勝利的な一年にすることができる食口の皆さんになることができるよう、祝願いたします。

神様の全心全力

摂理歴史を見てみれば、神様がどれほど全心全力を尽くして人間を愛してこられたのかを知ることができます。人間始祖が堕落することによって、人間は神様にとてつもなく大きい失望と挫折を感じさせてきました。神様は常に人間を信じてくださり、祝福してくださろうとしましたが、人間は与えられた責任分担を果たすことができませんでした。神様は裏切られたという気持ちにもなられたでしょう。しかし、それでも神様は変わらない心情で、人間に対してくださいました。

神様は人間に自由意志をくださいました。人間は堕落への道を歩きましたが、神様は決して人間の自由意志を奪うことはされませんでした。なぜなら、自由意志を与えたこと自体が問題だったわけではないからです。神様は人間の姿を見られながら忍耐してこられましたが、それはただ忍耐されたのではなく、全心全力を尽くして忍耐されたのです。神様はいつも愛してくださいました。ただ愛したのではなく、全心全力を尽くして愛されたのです。そして人間を信じてくださいました。

神様が全心全力を尽くす情熱は、真の父母様によって相続されました。神様は真の父母様によって、失われた子女を再び探し出すことができ、神様の愛と忍耐、信仰は美しく実を結ぶことができました。神様は悲しみと苦痛から解放され、新しい次元の希望とビジョンを持つことができるようになったのです。

人生において成功する鍵

食口の皆さん!私たちも神様から、全心全力を尽くす情熱を相続しなければなりません。これは祝福の人生のための最も重要な鍵の中の一つです。ところで、多くの人はこのように考えるかもしれません。“私は情熱をもち全心全力を尽くして働いたことが一度もありません。私はそのような情熱を持つことができないと思います。”

皆さん!もう一度、人生をしっかりと考えてみてください。もし皆さんが試験を前にして夜を徹しながら勉強したことがあるならば、またはダイエットの目標を立てて一生懸命努力し、1kgでもやせることができたり、チョコレートチップの誘惑に打ち勝った経験があるならば、それは皆さんの中に全心全力を尽くす情熱があるということを証明しているのです。

人に会いさえすれば、いろいろな話をし続ける方がいますが、小言が多いのも情熱があるからです。これはたとえあまり好ましくない方向であったとしても、情熱のエネルギーがあるということを証明しているのです。情熱のエネルギーがあり、それを正しい方向に使うならば、皆さんの人生はより豊かになることでしょう。

SJM(Strength:長所、力 Joy:喜び Meaning:意味)

何ヶ月か前、善進姉がハーバード大学の心理学の授業で学んだ‘心理学的な3つの円’について私に教えてくれました。ここでいう3つの円とは、正に長所(Strength)、喜び(Joy)、そして意味(Meaning)です。皆さんの人生と歩んできた道を振り返りながら、自らに対してこのように尋ねてみてください。

“どのような能力と才能を持っているのか?どのようなことが喜びとなるのか?どのようなことが重要で深い意味を与えてくれるのか?” これは皆さんの人生においてとても重要な転換点となり得る質問です。それぞれの質問に該当する答えを挙げて、大きな円の中に入れてみてください。そのようにして3つの円を描いてみるのです。その3つの円が共通に重なる部分が、正に皆さんが追求しなければならないことです。

ある人が博士学位を取得するために大学院で勉強しているとしましょう。勉強をするというのがその人の長所で、専攻の書籍を読んで研究している時に喜びを感じて人生の意味を発見するというのであれば、その人は人生の道をよく選んだということになります。

もし皆さんの中で、この3つの質問に満足のいく答えができる仕事をしている方がいるならば、どうぞ天の前に感謝してください。そういう方は、神様がその人生において計画された、正にその仕事を見つけているのです。このようになれば、皆さんは全心全力を尽くして情熱的に仕事をするでしょうし、喜びと人生の意味を発見するでしょう。神様が皆さんにくださった才能と潜在力を実践し、勝利する人生を生きることができるでしょう。

チョ・ヘリョンさんの情熱と挑戦

私の妻は、最近チョ・ヘリョンさんに関する本を読んでいます。皆さんもご存知のように、チョ・ヘリョンさんは韓国でとても有名なコメディアンの一人です。コメディアンに対して軽く考える人がいるかもしれませんが、この方は普通の方ではありません。本当に全心全力を尽くして情熱的に人生を生きることを知っている方なのです。

チョ・ヘリョンさんはコメディアンとして、韓国内で大きな人気を得ることができました。ところがある日、俳優や歌手のように、日本で韓流スターになりたいという夢を持つようになったのです。しかし問題が一つありました。チョ・ヘリョンさんは日本語が全くできなかったのです。チョ・ヘリョンさんは新しい目標を立てた後、日本の大きな放送局を訪ね、日本で活動したいと話しました。しかし放送局の担当者は、もし6ヶ月間で日本語をマスターすることができたら、その時日本での芸能活動について話しましょうと言ったのです。

それでチョ・ヘリョンさんは仁寺洞の近くにある学校に登録し、個人教師もつけました。毎日100個の単語を覚え、文章も100個ずつ覚えました。そして彼女は‘サンデー・ジャポン’というプログラムでレギュラー出演をするまでに至ったのです。今は一週間のうち4日は韓国で、3日は日本で活動しているといいます。そして彼女は毎週日本に行くたびに、25種類の日本新聞を買って読んでいるというのです。

柱頭行者・聖シメオン(Saint Simeon Stylites)

聖シメオンは西暦390年頃、北シリアで羊飼いの息子として生まれました。当時、シリアはローマ帝国に所属していましたが、ローマ帝国が分裂して東ローマ帝国となるにあたって、大きな役割を果たしました。シリアではキリスト教がとてつもない速さで伝播されていきました。

聖シメオンは16歳になった時、修道院に入り、厳格な禁欲生活を始めました。20歳になった頃には、彼の禁欲と苦行の生活がとても厳格で徹底していたため、修道院の元老たちが心配するほどでした。修道院の近くには王が住んでいた城があったのですが、随分前に崩壊し、10mほどの大きな柱が一つ残っているだけでした。ある日、聖シメオンはその柱に登り、修行を始めました。

彼は全心全力を尽くして神様とイエス様に精誠を捧げました。36年の間、柱の上の狭い空間で過ごしながら禁欲生活と修行に精進したのです。彼は徹底した修道生活によって、とても有名になりました。国中の貴族と政治家が彼の知恵を求めて訪ねてきました。皇帝テオドシウスと皇帝レオも、彼の知恵を聞くために訪れました。

ところで聖シメオンが有名になるにつれ、修道院の元老たちの心配が始まりました。傲慢な心で、もっと有名になるために修行をしているのではないか、謙遜だった初心を忘れてしまっているのではないか。彼らはそれを見極めるために、聖シメオンに対して“柱の上での修行をやめて、降りてくるように”言いました。

すると聖シメオンは少しも躊躇することなく、元老たちの願いに従って“降ります”と答えました。元老たちは彼が名声のためではなく、心から謙遜な気持ちで修行に精進しているということを知り、やはり降りてこないでそのまま修行しなさいと伝え、彼の修行を支持し、後援したのです。

チベットのチューモ瞑想(Tibetan Tummo)

宗教的な修行は、キリスト教だけでなく東洋宗教においても探し出すことができます。仏教の少林寺の僧侶たちは、常に修行をしながら、武道を練磨しています。全心全力を尽くして自分自身を否定し、より深い内面の世界を追求するのです。このような修行をするのは、何かの名声を得るためではなく、悟りを得てより多くの衆生を求道するためです。

チベット仏教の僧侶たちの中には、内面の花火と呼ばれるとても深くて強烈な形態のチューモ(Tummo)瞑想をする方たちがいます。この方たちは真冬のヒマラヤ山脈に登り、過酷な寒さに耐えながら修行をするのです。ハーバード大学のハーバート・ベンソン博士(Dr.Hervert Benson)は放送局のドキュメンタリー製作チームと共に、僧侶たちの修行を映像に収めました。僧侶たちはヒマラヤ山脈に登り、氷水にひたした毛布をかぶって瞑想と修行をします。夜は下着と薄い毛布で身を包み、雪の中で眠るのです。ハーバート博士とドキュメンタリー製作チームは、三枚重ねになっている毛皮の登山服を着込み、厚い帽子と毛皮の靴を履いても寒さでぶるぶる震えていました。しかし僧侶たちはほとんど裸であるにもかかわらず、震えることもなく修行に精進していたのです。

修行を終えた僧侶たちは、静かに寺院に帰りました。ハーバート博士は生涯を通して医学を研究した世界的な学者でしたが、修行僧たちの寒さに耐え抜く力について、医学的な説明をすることができませんでした。ただ、深い修行を通して肉身の限界を越えたとしか言うことができませんでした。僧侶たちはインタビューに答えましたが、決して傲慢な素振りは見せませんでした。謙遜な態度で、誰でもこのような修行をすることができるようになると答えたのです。

家庭での修行

このような宗教的な伝統の中に、私たちは全心全力を尽くして修行の道を歩む宗教人たちの姿を見ることができます。統一家の食口の皆さんも、このような宗教的な人生の態度を持たなければなりません。ところで、無条件に、何かに全心全力を尽くすと、一方に偏りやすくなるのです。健康に害が出るかもしれません。ですから、修行するのにおいても、バランスを取らなければならないのです。

統一教会の伝統を見れば、祈祷、瞑想、心身統一訓練のような宗教的修行があります。しかしこれだけではなく、私たちには家庭の中で四位基台を築かなければならない責任もあるのです。私はこのような家庭生活も、やはり一つの修行だと考えています。

私と妻は、何人かと一緒に毎日早朝2時30分に山に登って修行をしています。祈祷、瞑想、120拝敬拝など、自然の中での修行はとても良いものです。ここ数日間はとても寒かったですが、それでも良いのです。晴れ渡った精神で自然の気運を感じながら修行をします。忍耐心を学び、感謝する気持ちを育て、悟りと知恵を得るのです。

ところで修行が終わり、家に帰りながら、“これで修行が終わったな”と考えることもできます。しかしそうではないのです。家庭に帰れば、違う次元の修行が始まるのです。心身統一訓練は第一祝福完成のための修行であり、家庭での訓練は第二祝福完成のための修行です。わたしたちは家庭においてしっかりとした四位基台を形成しなければなりません。家庭の中でお互いに愛と励ましを与えること自体が、正に宗教的修行なのです。

私たちは宗教生活と家庭生活が分離していると思ってはいけません。家庭生活自体が私たちの霊性を強化するものなのです。家庭生活は私たちをより人格的で、知恵深い人間に作り上げてくれます。今、祝司長様は断食中なのですが、私と同じ気持ちで修行をしています。祝司長様はとてもか弱く見えるかもしれませんが、神様と真の父母様のために全心全力を尽くして精誠を捧げながら働くことのできる情熱を持っていらっしゃいます。

私は一日の日課を終えると、たいてい家に着くのが夜遅い時間になります。早朝の精誠から数多くの会議やミーティングがあり、肉身はとても疲れています。ですからただ静かに休み、眠りたいという思いが湧きます。しかし漢南洞では今、12名の子供たちが育っているのです。家に帰れば、外よりもたくさんのエネルギーを注いで、子供たちと遊んであげなければなりません。ですから私は家に入る前に、“これで休むことができる”とは考えません。また違う修行が始まるのだという気持ちで、妻と一緒にハイタッチをしてから入ります。そして子供たちを抱きしめてあげるのです。子供たちが声をあげて泣いたりしても、“大丈夫、大丈夫。これが本当の修行だ”と思って、子供たちの駄々を受け止めてあげるのです。

今日の教訓

食口の皆さん!今日は何を学ぶことができたでしょうか?2009年、私たちは皆、肯定的な気持ちで全心全力を尽くすことができる情熱と姿勢を持たなければなりません。人生でこのような情熱がなければ、私たちはただ流れていってしまうでしょう。情熱的な生き方は、‘私’の人生を豊かにするだけでなく、他の人の人生も変化させることができるのです。

家庭生活も修行の連続だということを覚えていてください。教会で一生懸命に祈祷することや静かな山寺や瞑想院で熱心に修行することがすべてではありません。一日の日課を終え、心や体が疲れていたとしても、妻や夫、子供たちを明るい微笑みで抱きしめ、愛してください。それが正に、本当の修行なのです。私が清平に到着すると、真のお父様は“お〜、息子が来た”と言いながら、とても喜んでくださいます。私はお父様の微笑みと温かい一言に、どれだけ感謝し、恩恵を受けるか分かりません。

食口の皆さん!2009年も私たちに試練と困難が近づいてくるでしょう。家庭においても大変なことがあるかもしれません。私たちは皆、このことを覚えておきましょう。障害物に遭ったとしても、修行者の精神で忍耐し、あきらめずに努力するのです。私たちはどんな状況も乗り越えていくことができます。私たちは試練を通して、より大きな勝利者になっていくのです。

食口の皆さん!一日の日課を終えて家に帰る前に、“あぁ、もう休もう”とは言わないようにしましょう。家庭は肯定的な気持ちで全心全力を尽くしながら、情熱を持って修行しなければならない場所です。妻や夫と一緒に、まずハイタッチをしてください。“では、これから家庭での修行を始めましょう!”と言ってみてください。子供たちを愛し、抱いてあげてください。

皆さんが2009年、肯定的な全心全力の精神で人々と関係を結び、修行の人生を生きるならば、より多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得ることができるでしょう。祝福の人生を生き、世界のもっと多くの人々に祝福を伝えることができる皆さんになることができるでしょう。このメッセージを受け取ってくださるならば、真の父母様に大きな拍手で栄光をお捧げしてください。