亨進様 天一国食口礼拝 2008年8月24日
天一国食口礼拝 2008年8月24日 亨進様の説教 “確信の力”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/197

聖書に「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」(ヘブル11章1節)とあります。信仰者はいつも希望を抱いて生きなければなりません。しかし、ただ単純に願っているだけでは不足です。“必ずできる、必ず成される”という確信を持たなければなりません。確信は、私たちを祝福の人生へ導いてくれるでしょう。

食口の皆さん!皆さんは未来を考える時、神様が皆さんと共にいらっしゃることを信じますか?それとも確信しますか?願うことと確信することの間には、大きな差があります。皆さんの観点を変化させましょう。希望を持って、待っているのではなく、夢が成されることを確信してください。これが正に、VIP的な人生を生きる鍵なのです。

皆さんは信じる人ですか、確信する人ですか?困難と挑戦において、皆さんが勝利することができるように神様が力と勇気をくださるだろうということを信じますか、それとも確信しますか?皆さんは自分の環境が変わることを待っていますか、それとも確信を持って、環境を変化させていますか?

真のお父様がアメリカにいらっしゃった時、いつも食口たちに、“神様は良い神様だろうか?”と尋ねながら、“イエス”か“ノー”か答えてみなさいと言われました。すると食口たちは“イエス”と答えます。しかしお父様は“ノー”が正しいのだと言われながら、その“ノー”とは、“No”ではなく、“Know”なのであると話されるのです。ここで“Know”という意味は、“(確実に)知っている”、すなわち“確信する”という意味になります。

食口の皆さん!次の二つの表現を比較してみてください。“先生が私に良くしてくれることを願います”と、“先生が私に良くしてくれることを確信します”では、どのような差がありますか?“私は美しくなることを願います”と、“私は化粧をしなくても、既に美しいと確信します”では、どのような差がありますか?

祝福中心家庭は、常に確信に満ちていなければなりません。神様が皆さんを愛し、常に共にいらっしゃるということは明白な事実です。神様が皆さんをして成功する人生を生きることができるように導いてくださるということも、やはり明白な事実です。確信を持って、堂々と進んでいけば、皆さんが成せないことはありません。確信を持って、情熱的に皆さんの夢に向かって進んでください。祝福が皆さんに近づいてくることを待たないでください。信念を持って前進すれば、神様がより早く祝福してくださるでしょう。

ただ願うだけでは、人は受動的になり、自分に与えられた5%の責任分担を完遂することができなくなります。高校生の時、私は模範的で優れた学生ではありませんでした。率直に告白すれば、学業の成績はとても良くありませんでした。しかし、夢は大きかったのです。私の目標は、ハーバード大学に行くことでした。

当時多くの人が、勉強を嫌い、運動ばかりして、成績も振るわない私を“馬鹿”だと言いました。お父様の最も悪い遺伝子を受け継いだと言いました。私は自分が“馬鹿”ではないことを証明したいと思いました。それでハーバード大学に進学することを懇切に願いました。祈祷もたくさんしました。

しかし問題は、懇切に願うだけで、自分がしなければならないことをきちんとしなかったということです。願いを叶えるための努力を疎かにしたのです。私の5%の責任分担を果たすことができなかったのです。一方で、私は自分の実力を知っていたため、これ(ハーバードに入ること)が不可能なことだと分かっていました。高校を卒業した直後、ハーバード大学に入学志願書を出しましたが、私は合格しませんでした。それで、当時の私の実力で進学が可能だったカトリックの大学に行くことになったのです。

失敗を経験したのですが、私には榮進兄がいました。大学に進学して勉強していた私に、榮進兄はいろいろな学習法を教えてくれました。1年間、私を指導し、導いてくれました。高校生の時には神様が100%、全てを成してくれることを単純に願っていました。しかし、榮進兄の助けで、私は自分の潜在力を悟り、発見したのです。そして私の5%の責任分担のために努力を始めたのでした。

ある日、そのようにして信じ、従っていた榮進兄が昇華しました。私の心と人生に、大きな変化と悟りがありました。兄にとって恥ずかしくない弟になりたいと思いました。何かを成就することを単純に願うことに留まるのではなく、“できる”という確信を持って、努力しました。そして努力は結実へとつながりました。私はハーバード大学に編入することができたのです。

食口の皆さん!単純に願うだけでは、どんなことも成すことができません。神様に頼っているだけでは、皆さんに与えられた5%の責任分担を疎かにしてしまうでしょう。神様は何の努力もせずに待っている人に、祝福を与えることはできません。95%、神様がまず苦労されたことを確信し、残りの5%の責任分担をやり遂げるために前進してください。

聖書のヨブ記を見れば、ヨブに対する話が出てきます。ヨブは神様に真実な心で侍る人でした。サタンはそのようなヨブを試したいと思いました。サタンは神様のところに行き、“ヨブが神様を敬うのは、彼がたくさんの祝福を受けているからだ”と言い、“もしヨブが全ての祝福を奪われたら、これ以上神様に侍ることはないだろう”と言いました。難しい状況に置かれれば、ヨブは神様を裏切るだろうというのです。

神様は、ヨブが真実に信仰の固い義人であると信じたため、ヨブの命だけを奪わなければ、彼にどんな試練を与えてもよいとサタンに話しました。サタンはヨブが大切に思っているものを一つ一つ奪い始めました。ヨブは全財産と、10人の子供を失いました。しかし、それで終わりではありませんでした。サタンはヨブの健康を奪い、ヨブは病気にかかって全身に腫れ物ができました。

しかしヨブは、決して神様を不信したり、神様に対して不平を言いませんでした。妻が神様を呪いなさいと言っても、神様に対するヨブの心は変わりませんでした。もちろん、他のものに対しては呪いの言葉をかけました。生まれた日を呪い、このような不運な出来事自体を呪いました。しかし、神様を裏切ったり、呪いはしませんでした。

ヨブは確信していました。神様は地獄のような絶望の中にいる自分を捨てては置かれず、必ず救いの手を差し伸べてくださると。そして結局、サタンは神様に向かったヨブの絶対的な信仰と確信に自然屈伏しました。神様はヨブに、以前よりも2倍の祝福をくださいました。

食口の皆さん!困難で大変な状況にいる時、私たちは絶望し、勇気を失い、“私はこの危機に打ち勝つことができないだろう。この暗くて長いトンネルを抜け出すことはできないだろう。未来に対する希望を探すことができない”と考えるかもしれません。神様を怨み、批判したい気持ちになるかもしれません。そのような瞬間に、ヨブの話を思い出してください。神様に対する絶対的な信仰と確信を持ってください。神様は絶対に私たちを捨てず、放棄されません。試練の中でも神様に最後まで侍れば、より大きな祝福をくださるでしょう。

お父様が歩まれた路程を考えてみてください。お父様は生涯、血と汗と涙を流されながら、天の御旨のために働かれました。しかし、人々の無知と、言葉で表すことができない試練と迫害を受けられたのです。生死の峠もたくさん越えなければならず、愛する子供たちが犠牲の道を歩む姿をご覧にならなければなりませんでした。しかし、お父様は常に神様に感謝されました。絶対的に神様を信じ、神様の導きを確信されました。神様は試練の後、お父様と統一教会により大きな祝福をくださいました。

ヨブの話を見れば、もう一つの大切な教訓を見つけることができます。サタンがヨブに試練を与える時、始めは家畜を、次には土地を、そして次には家と子女を失わせ、最後にヨブ自身が大きな病気にかかって苦痛を感じるようにしました。しかし、そのような試練にもヨブは揺れることがなかったので、サタンは焦り、不安になりました。なぜなら、ヨブが試練に勝利すれば、神様とヨブに対して、自分が自然屈伏しなければならないからです。

私たちにも同じことが言えます。神様の子女として神様に侍り、一生懸命信仰生活をしているにもかかわらず、皆さんの環境がもっと難しくなっていっているとすれば、それは祝福がより近づいたという証です。サタンが最後の力を尽くし、皆さんを試しているのです。皆さんが揺れなければ、皆さんを苦しめているサタンは自然屈伏することになるでしょう。ヨブを祝福したように、神様は皆さんにもより大きな祝福をくださるでしょう。

重量挙げの選手が、目標とする重さのバーベルを持ち上げる前にしなければならない最も重要なことは、そのバーベルを持ち上げることができるように願って祈ることではなく、“できる”という信念を持つことだといいます。そのために、まず目標とする重量のバーベルを持ち上げるイメージを視覚化するといいます。重量挙げの選手は、イメージの中で目標とする重さのバーベルを何千回も持ち上げる想像をするというのです。

そのように精神的に強く武装した後は、実際に練習に入ります。軽いものから順々に持ち上げる訓練をし、自信を持つようにします。そうして実力を積んだ後に、目標としたバーベルに対して信念を持って挑戦するのです。もちろん、失敗することもあります。しかし、失敗の瞬間にも、次には必ずやり遂げて見せるという確信を自らに植えるのです。

ある重さのバーベルを持ち上げるためには、その重量よりも大きな力をもって持ち上げなければなりません。すなわち、自らをより強く鍛錬しなければならないということです。

未来は常に不確実です。誰も未来にどんなことが起き、どんな状況が展開するのか知ることはできません。未来は重い物体とも同じようなものです。それを持ち上げるために、皆さんは心を修行し、自らに“できる”という確信を植えなければならず、自らをより強く鍛錬しなければなりません。

北京オリンピックでチャン・ミラン選手が、世界記録を出して金メダルを獲得しました。チャン・ミラン選手は自分に与えられた才能と潜在力を信じ、自らをしっかりと鍛えました。精神的にもとても成熟していました。

チャン・ミラン選手が競技をする姿は、私たちに多くの教訓を教えてくれます。チャン・ミラン選手は他の誰かと競争するのではなく、自分自身と戦ったのです。彼女はスナッチで140kgを持ち上げたため、クリーン&ジャークで160kgだけ持ち上げても、充分に金メダリストになることができました。しかし、チャン・ミラン選手には世界記録に対する確信がありました。堂々と挑戦し、新しい世界記録を達成して、スポーツ選手として最も栄光のある立場に上がったのです。

牧会をしながら食口の家庭を訪問すると、素晴らしい祝福家庭にたくさん出会います。4週間前に訪問した、アキヒロさんも、誇らしい食口の中の一人です。

アキヒロさんは、裕福な家に生まれました。彼は父母からたくさんの財産を相続したのですが、その財産を教会と、一緒に信仰をしていた食口たちのために捧げました。すると、彼の兄弟と親戚は、遺産を自分たちのために使わなかったことを悔しく思い、アキヒロさんを迫害しました。彼らは統一教会のために遺産を使ったことは間違った選択であり、後悔するだろうと言いました。

また彼らは、アキヒロさんが統一教会で祝福を受け、韓国の女性を妻として迎えたことについても、彼を非難しました。当時、韓国と日本の関係はとても良くありませんでした。日本の人たちは、韓国人を無視し、ぞんざいに扱いました。そのような中、経済的な基盤を築くためにアキヒロさんだけ日本に残り、妻と二人の子供は韓国に戻ることになりました。妻は二人の子供を見ながらクリーニング屋で仕事をしたのですが、本当に大変な仕事でした。

ある日、アキヒロさんの妻は夫がどのように過ごしているのか気になり、日本に行きました。しかし、夫は自分がどんな仕事をしているのか、妻には言ってくれませんでした。ただ、明け方早くに仕事に出かけ、夜遅く帰ってくるのです。ある時、アキヒロさんが明け方に家を出た後、妻はその後をついていきました。するとアキヒロさんはあるビルの中に入り、ビル管理人の服に着替えて掃除を始めたのです。妻はその姿を見てとても心を痛めました。妻の目からは止めどもなく涙が流れました。

親戚の人たちは、アキヒロさんがそのような仕事をしていることを知って、さらにアキヒロさんを非難しました。“統一教会に入教して、お前が得たものは何か?”と。しかしアキヒロさんは、神様と真の父母様に対する確信がありました。自分に与えられた5%を果たせば、神様が祝福してくださるということを知っていました。

当時、日本のマスコミは統一教会を強く批判しました。毎日否定的な記事が報道されました。日本社会では、統一教会の人は立場がなくなりました。多くの食口が、統一教会のマークがある祝福指輪をはめていましたが、社会的な迫害に勝つことができず、自分が統一教会人であることがばれないよう、教会マークのある部分が見えないように、指輪を回してはめました。

しかしアキヒロさんは、自分が掃除夫として働いているけれども、“この道は私が選んだものだ。私の決定である。私はこの道に対する確信がある。他の人が何と言おうと関係ない。私は確信を持って、この道を行くだろう”と言い、常に統一教会マークがよく見えるように指輪をはめて暮らしました。

アキヒロさんの環境は、最初、だんだんと悪くなるように見えました。親戚と隣人たちの批判は日に日にひどくなり、経済的にも、さらに難しくなりました。ある時は、韓国にいた妻が電話をしてきて、“もうこれ以上このようにしながら生活することはできない”と訴えました。アキヒロさんも、とても心を痛めました。しかしアキヒロさんは、揺れることのない信仰を持って、妻に“私を信じてくれ。私は成功する。あなたを女王のように侍るようになるだろう。私を信じてくれ”と言い、慰めました。

アキヒロさんの奥さんは、当時の状況を振り返りながら、涙を流していました。奥さんは“夫はとても素敵な人”だと話します。裕福な家庭に生まれた男性が、そのようにみすぼらしい立場に降りていけば、失敗に対する挫折感で、タバコや酒、麻薬にはまってもおかしくないでしょう。しかし、アキヒロさんは固い信仰で誘惑に陥ることはありませんでした。5%の責任分担を果たせば、天が祝福してくださるという確信を持ち、常に前進しました。

皆さん!今、アキヒロさんがどのような立場にいるかご存知ですか?アキヒロさんは、現在、貿易会社の社長です。また、アキヒロさんの家庭を訪問した時、私が “最近、韓国経済が本当に大変だけれども、アキヒロさんの会社の状況はどうですか?”と尋ねたのですが、アキヒロさんは“神様が変わりない祝福を与えてくださっています”と私に話してくれました。

何年か前までは暗く長いトンネルの中にいたにもかかわらず、アキヒロさんは確信の力によって絶望することなく、前に進んでいったため、今日この時間、祝福の場に立つことができました。アキヒロさんは、確信に満ちた人生を生き、統一家を光り輝かせる金メダリストになりました。

アキヒロさんに会った後、私は一つ、悔い改めをしました。アキヒロさんは統一教会人としての自負心と誇りを持ち、常に祝福指輪をはめて歩きました。反面、私は牧師であるにもかかわらず、統一教会のマークがある指輪をはめて歩いていませんでした。(手を見せられながら)今は、このように教会マークがある指輪をはめて歩いています。

食口の皆さん!私たちが皆、確実に知らなければならないことがあります。統一教会の食口共同体は、本当にすごい共同体です。天の祝福が共にある共同体です。私たちの共同体に対する自負心を持たなければなりません。もし、私たちが自らを尊重することができなければ、誰も私たちを尊重しないでしょう。最近、言論界では、統一教会に新しい風が吹いていると報道しています。私たちは今、新しい時代を迎え、教会はより発展的に成長しています。

社会が私たちを尊重してくれることを願う段階で留まっていてはいけません。まず、私たちが自分に対する確信を持ち、私たちが成さなければならない5%の責任分担を完遂しなければなりません。神様は私たち祝福家庭が勝利する人生、成功する人生、光り輝く人生を生きるようになる時、とても喜ばれるのです。とても誇り高く思われるのです。それは、父母だからです。神様が私たちに合う才能と潜在力をくださったということを確信し、前に進んでください。

今日は何を学ぶことができますか?信仰者として、私たちは希望を持たなければなりません。それが正に、信仰の出発点です。しかし、そこに留まってはいけません。私たちは希望よりも一段階進み、確信を持たなければなりません。ただ願い、待っているだけでは、何も成すことができません。5%の責任分担を完遂してください。神様が既に95%を準備してくださっています。皆さんがそれを確実に信じ、前に進むならば、皆さんの願うどんなことも成し遂げることができます。

時には、状況が悪くなってきていると感じることもあるでしょう。そのような時は、ヨブの話を思い出してください。堕落した天使長(サタン)は皆さんが峠を越え、より大きな勝利を得ることを恐れています。ですから最後の力を尽くして、皆さんを攻撃し、試すのです。絶対にあきらめないでください。一歩だけでもさらに前へ進めば勝利することができるという確信を持ってください。顔に微笑を浮かべ、大きく呼吸し、皆さんの肩に背負った人生の荷を、より大きな力で持ち上げてください。

天の祝福が私たちと共にあります。これは、私たちの願いではなく、現実です。私たちの潜在力は、私たちが考えるよりもずっと大きいのです。私たちの共同体の真なる価値と可能性を悟るならば、私たちはより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得ることができるでしょう。

私たちが自らに対する自負心を持たなければ、誰も私たちを尊重することはないでしょう。私たちは真の父母様と一世たちが苦労した勝利の土台の上に立っています。私たちの運命は、勝利と悟り、平和に向かっています。私たちは祝福の人生を生きるでしょう。確信を持って、一つずつ実践していけば、私たちも真の父母様のように、偉大な勝利者になることができるでしょう。毎日、より多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょう。皆さん!このメッセージを受け取ってくださるならば、真の父母様に大きな拍手で栄光をお返ししてください。ありがとうございます。