亨進様 天一国食口礼拝 2008年7月27日
天一国食口礼拝 2008年7月27日 亨進様の説教 “ヘリコプター事故と奇跡”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/192

食口の皆さんはヘリコプター事故についての知らせを聞いたことと思います。先週一週間、私たちは皆、地獄と天国を行ったり来たりしました。

先々週の土曜礼拝を終え、私は善進姉と一緒に夕食を食べていました。その時、突然薫淑姉から電話がかかって来ました。義姉さんは深刻に、ヘリコプター事故について話してくれました。しかし、真の父母様はご無事であり、一緒に乗っていた信宮、信俊、信月も怪我をしなかったと聞きました。それで、私は大きな事故ではなかったのだろうと思ったのです。ただ、どこかに少しぶつかって、着陸する時に小さな問題があったのだろうと思いました。

そしてその場で、金孝律補佐官と鄭元周補佐官に電話しました。しかし、2人は電話を受けませんでした。それで警護室の李サンス副室長にかけると、彼は電話を受けたのですが、どこかに移動しているのか、息を切らせながら“今、病院に移動しています。真の父母様はご無事です。清平に早く来てください”と言われました。

私は善進姉と一緒に清心病院に向かいました。ところが、病院の入り口に着くや否や、SBS、KBS、MBCなど、数十名の言論社記者が取材をしている場面に出会いました。彼らは事故の経緯とお父様の状態について、尋ねていました。病院と教会の関係者たちは、何回も真の父母様を始めとする随行員たちは皆無事であると話しましたが、彼らは信じませんでした。ですから私たち側の代表者は、警察の関係者が真の父母様の御一行に会ったので、警察当局に確認してみれば分かると言っていました。そのようにして状況は、だんだんと治まっているようでした。

病院に到着した後、私とお姉さんは真の父母様の部屋に行きました。お父様の手を握り、“お父様!雨が降っているのに、どうしてヘリコプターに乗られたのですか!とても危険じゃないですか”と申し上げました。善進姉は、お父様を抱き、足のマッサージをして差し上げました。事故の当日は、安静にすることが重要であり、MRIやCT撮影など、精密検査をしていなかったので、具体的な状態を知ることができませんでした。ただし、ヘリコプターに乗った大部分の人たちは、体を動かすことに支障がなかったため、皆、無事に見えました。

皆さん!統計的に、ヘリコプター事故が起きれば、搭乗者の90%以上が死亡するといいます。ところが、真の父母様を始め、16名の搭乗者全員が無事でした。一言で言えば、奇跡でした。私たちは真の父母様に挨拶をし、子供たちがいる病室に行きました。ところが、病室の雰囲気は完全に祝賀パーティーでした。ヘリコプター事故は、搭乗者の致命的な負傷と死亡を伴うため、事故者たちが輸送された病院は、それこそ人々の痛哭の声で溢れるのが普通です。ところが、奇跡的に全員無事だったため、人々がお互いに祝い、笑っていました。信宮と信俊、そして姪の信月は、ベッドから飛び降り、行ったり来たりしながら楽しく遊んでいました。鄭元周補佐官とユン・ギビョン補佐官も、特に問題はないようで、お互いに笑いながら対話を交わしていました。本当に、ヘリコプター事故があったということ自体が、疑わしい光景でした。

当時、真の父母様のヘリコプター事故は、アメリカのCNN、ABC、NBC、AirWork、イギリスのBBC、韓国のMBC、KBS、SBSなど、放送とインターネット、新聞など、全ての言論媒体を通して報道されました。“文鮮明総裁、90歳にもかかわらず事故で生き延びる”というタイトルでした。驚くべき奇跡が世界中で報道されました。知らせを聞いた真の家庭の子女たちは、一人、二人、次々と真の父母様のところにやって来ました。

翌日の朝、私たちは真の父母様に侍り、事故の現場に向かいました。その時まで、私は事故のことを実感することができませんでした。皆、無事だったため、大きい事故ではなかったと思っていました。しかし、事故現場は戦争場のようでした。言葉で説明することができないほどでした。事故現場に立つや否や、私の体は大きく震えました。体の感覚を感じることができないほどでした。そのような恐ろしい事故から、90歳である真のお父様が無事に脱出されたのです。お母様と幼い私たちの子供たち、随行員たちが皆、無事に脱出することができたのです。事故のことを想像するだけでも、私の体は恐れを感じ、震えました。

現場を見て、事故の経緯について報告を受けた時、本当に誰もが神様の実存を悟ることができました。本当に、驚くべき奇跡でした。ヘリコプターが最初に着陸しようとした時、帯雲が覆っていたといいます。帯雲はとてつもない速さで動くため、1メートル前も見えませんでした。操縦士が視野を確保するのに苦労したといいます。着陸をしようとした時、近くにいた職員からは大丈夫であると連絡がきましたが、帯雲が迫ってきていました。朴機長はサムソンの会長に侍った経験がある、大韓民国で最も熟練した操縦士です。その朴機長から見ても、着陸のための視野確保ができなかったのです。

ヘリコプターを運転する時、帯雲が迫ってくれば、一旦、視野を確保するために再びヘリコプターを上空に上げなければなりません。朴機長は訓練を受けた通りに、再び上に上がろうとしましたが、ヘリコプターの尾部が何かにぶつかる感触を受けました。そしてヘリコプターの前部が上に向きました。このような状況では、ヘリコプターは上に上がることができません。なぜなら、前部を下げて、速度をためてこそ、ヘリコプターは上昇することができるからです。

状況はだんだん難しくなってきました。ヘリコプターの尾部はどこかに引っ掛かっているのですが、朴機長は続けて前部を下げ、ヘリコプターの力を集めて上昇しようとしました。ところが突然帯雲の間から、数十個の松の木が現れたのです。機長は死を覚悟したといいます。なぜなら、ヘリコプターはとてつもない速度で動きます。100mを0.3秒で進むのです。そのような速度で動くヘリコプターが木にぶつかれば、木は巨大な槍のような武器になり、ヘリコプターを貫通します。ですから、機長は数十個の槍と出会ったわけです。その時、機長ができることは、何もありませんでした。

ところが不思議なことに、正面の松の木が切られていくのです。ヘリコプターのプロペラが、松の木を一つ一つ切り倒していたのです。侍が竹を切るように、松の木を切り進んでいたというのです。これはヘリコプターがスライドするように、前へ滑っていったために可能だったということです。プロペラが松の木を切りながら、ヘリコプターが進むことのできる高速道路を作ってくれたのです。皆さん、神様に大きな感謝の拍手を捧げてください。これが正に、この日最初の奇跡でした。

このようにして、ヘリコプターが進むことのできる高速道路が開かれ、松の木の槍が全て消えました。ところが、ヘリコプターがとても低く進んだため、地面に一度、大きくぶつかりました。この時の衝撃で、安全ベルトを締めていなかった李サンス副室長とユン・ギビョン補佐官が、前方に飛ばされたというのです。真の父母様のヘリコプターの中を見ると、真の父母様の座席と随行員たちの座席の間には壁があり、中間に出ているドアを通してのみ、通ることができるようになっています。とてつもない衝撃を受けて前に飛ばされた二人の随行員たちがもし壁にぶつかったならば、骨が折れ、大きく負傷を負ったことでしょう。ところが二人の随行員たちは、ドアの間を通り過ぎ、お父様の座席の近くに飛ばされました。李サンス副室長はお父様のすぐ横に飛ばされ、ユン・ギビョン補佐官は副室長の上に落ちました。

事故の日は、雨が降っていました。ヘリコプターはとてつもない速度で地面に一度ぶつかり、前方に滑って進みました。それが続けて滑って、もう50m前に進んだならば、正面にあるピアノほどの大きさの岩にぶつかり、ヘリコプターの燃料タンクが爆発したでしょう。50mというのは、ヘリコプターの速度で0.15秒でもあれば、進む距離です。しかし、ここでまた天が共にあってくださいました。

事故の現場は、階段式の田んぼでした。平らな部分があり、山があって、また平らな部分が出ています。ヘリコプターは松の木を切り、滑るようにして下って、クヌギの木にぶつかり、方向を変えました。ヘリコプターは上空、4階くらいの高さまで昇って、再び下降しました。ヘリコプターの重さは11トンほどです。その衝撃はどれほどでしょうか? 人が4階の高さから落ちれば、脊髄に負担が来て、間違えれば全身麻痺になったり、死んでしまったりします。高いところから落ちることも問題ですが、ヘリコプターで最も重要な部分は、尾部です。尾部に問題があれば、ヘリコプターの機体をコントロールすることができません。ところが、落ちるヘリコプターの尾部が、Y字形の木にしっかり挟まれたというのです。尾部が挟まれたため、ヘリコプターの機体がひどく回転することはありませんでした。

とは言っても、全ての状況が安全になったわけではありません。相変わらず、とても危険なことがありました。それはヘリコプターのプロペラです。プロペラが回りながら、何か硬いものにぶつかれば、プロペラは壊れ、恐ろしい武器になります。ヘリコプターの機体を貫いて入ってきて、人を殺すこともあります。18mのプロペラ3個が回っているのです。そのプロペラ自体も凶器ですが、それと共に強い遠心力を持っているため、岩のようなものに誤ってぶつかれば、ヘリコプターの機体全体を投げ飛ばしてしまいます。そうなれば、その中にいる人はどうなりますか?想像することも拒まれます。ところが、奇跡的にヘリコプターは階段式の田んぼの平坦な部分、泥になっているところに落ち、3個のプロペラは泥に刺さりました。皆さん、これは本当に驚くべき奇跡です。神様に感謝の拍手を捧げましょう。

また、先ほど一度地面に衝突した時、李サンス副室長とユン・ギビョン補佐官が前方、お父様の座席に横に飛ばされたと話しました。ところが、二回目にヘリコプターが完全に地面に不時着する過程で、木がヘリコプターの胴体を貫いたのですが、その場所が、李サンス副室長が座っていた場所だったのです。もし副室長が安全ベルトを締めていたならば、身じろぎもできないまま木に刺されて、死んでいたことでしょう。奇跡的に生命を救われたのです。

それだけではありません。ヘリコプターが不時着した後、生き延びようとすれば、最も重要なことがドアを探すことです。ドアを探して早く脱出しなければなりません。なぜなら、不時着したヘリコプターというのは、燃料タンクによって、早ければ3分以内に爆発すると言われているからです。従って、通常の場合、お互いに競って先に脱出しようと、混乱が生じるというのです。

ヘリコプターの中にいた搭乗者たちは、何かが燃えていることを感じました。そのような中、前方に整備士が乗っていたのですが、電気が切れて、真っ暗な中、状況を把握するために手を伸ばし、何かをつかみました。ところが、その初めてつかんだものが、正にドアだったのです。もしドアが下の方にあれば、皆、そこに閉じ込められて抜け出すことができず、死を迎えたでしょう。しかし幸いにも、ドアは上の方にあり、それを偶然つかんだ整備士は、ドアを開けることができたのです。ところで、皆さんもご存知でしょうが、ヘリコプターのドアというものは、とても重いのです。一人では開けることができません。ところが、その時はドアが開きました。その整備士は、後で“私がドアを開けたのではなく、外から誰かがドアを開けてくれたようだった”と話しました。本当に、驚くべき証です。

また不思議なことに、その日、清平の湖の近くで、有名な映画監督が釣りをしていたのですが、彼がそのヘリコプターを目撃したといいます。ヘリコプターが飛んで行くとき、おかしなことに、蓮の花の形の虹がヘリコプターを包み、白い服を着た人々が、ヘリコプターを支えて飛んでいるように見えたというのです。実際、その映画監督は、最初白い服を着た人たちを、鳩だと思ったようです。ところが、鳩が危険なヘリコプター周辺を飛んでいるわけがないと思い、よく見てみると、人の体のように見えたというのです。数十名の白い服を着た人々が、ヘリコプターを支えていたというのです。この映画監督が、一緒にいた有名なタレントと共に、この内容を証したのです。彼らの証の内容は、ビデオで撮影してあります。

食口の皆さん!9数を越えるのが難しいという言葉があります。9数をよく越えてこそ、勝利することができ、90歳を越えていくことができるのです。今年、お父様の歳は数え年で89歳です。しかし、89歳とは言われませんでした。アメリカ式を適用して、今年で満88歳であり、来年は再び数え年で、90歳になると言われるのです。

また、あるおばあさんが、事故が起きる何日か前、孝進兄の夢を見たといいます。夢の中で、幼い頃の姿の孝進兄が、ヘリコプターを持って遊んでいたといいます。そしてヘリコプターが落ちようとするところを、孝進兄が落ちないよう、つかんだというのです。孝進兄が、真の父母様と随行員たちをヘリコプター事故から救われる練習をしていたようです。不思議なことに、ヘリコプターが松の木を切り倒し、最初に地面に衝突する前に、ユン・ギビョン補佐官は孝進様がヘリコプターの前にいる幻を見たといいます。

食口の皆さん!孝進兄は、とても強い方でした。しかし、今年昇華をされてしまいました。お兄さんが健康だけを考え、治療を受けたならば、昇華されなかったかもしれません。しかし、真の父母様のために自分の体を犠牲にされたのです。もし、お兄さんがそのような条件を立てられなければ、真の父母様はより危険な状況に遭っていたでしょう。孝進兄は貴い犠牲の道、孝子の道を歩まれたのです。

ヘリコプターを救ったクヌギの木は、正に孝進兄の木です。孝子の木です。孝進兄のように、自分の体を犠牲にしてヘリコプターを救ったのです。そしてヘリコプターの尾部をつかんでくれたY字形の木は、榮進兄の木です。さらに不時着する時、プロペラが泥に刺さったのですが、‘泥(?)’という字の‘?’という文字は、興進兄を象徴します。興進兄は、3個のプロペラを受け止められたのです。本当に、霊界から驚くべき役事がありました。今回の事故を通し、私たちはあまりにも多くの奇跡を経験しました。これよりも驚くべき奇跡はないでしょう。

私はヘリコプターを操縦していた朴機長と対話を交わしました。私たちは朴機長にも花を持ってきて、感謝の言葉を伝え、本当に皆が英雄であったと話しました。朴機長は、今回の事故で自身が経験した全ての奇跡、一番目の不時着の前にプロペラが松の木を切り倒したこと、クヌギの木にぶつかって進行方向が変わり爆発を免れたこと、Y字形の木に尾部が固定されたこと、プロペラが泥に刺さったこと、不時着したにもかかわらずヘリコプターの機体が爆発しなかったことなどについて話しました。朴機長は、今回の事故を契機として、統一教会に通うと言いました。これも、やはり一つの奇跡です。

朴機長はもう一つ、驚くべき、感動的な証言をしました。ヘリコプターが完全に不時着した時、お父様の座席が最も上に位置していました。ですから、お父様は安全ベルトをされたまま、天井に吊るされた状態だったようです。ところが地面との最初の衝突で、李サンス副室長とユン・ギビョン補佐官が、お父様の近くにいたため、お父様を早く助け出すことができました。

今、専門家たちが事故と関連して、調査をしています。ヘリコプターの中のCCTVも判読し、可能なかぎり、事故関連資料を集め、分析しています。ところで、搭乗者たちはヘリコプターのドアを開けて10分以内に最後の一人までヘリコプターから脱出したというのです。皆さん!20年間、訓練を受けた軍人も、このような危急の状況では、10分以内にヘリコプターから脱出することは簡単なことではないというのです。しかし、今回の事故当時、ヘリコプターに乗っていた90歳のお父様から5歳の幼い子供までが、皆が訓練を受けた軍人よりももっと早く、ヘリコプターから脱出したのです。

どのように、そうすることができたのでしょうか?それについて、朴機長が細かく説明してくれました。本来ヘリコプターの事故が起これば、搭乗者たちはとてつもない混乱に陥るといいます。なぜなら、不時着したヘリコプターがすぐに爆発するということを知っているからです。人間には生存本能があります。危険な状況で、誰よりも自分だけを考えます。ドアが開けば、無条件ドアに向かいます。ですから、より混乱に陥るというのです。

しかし、真の父母様に侍る随行員の方たちは違いました。ヘリコプターが不時着し、ドアが開くと、全ての搭乗者たちが一斉に、“お父様!”と呼んだといいます。自分の生命よりも、‘お父様’が優先であったのです。まず初めに‘お父様’の位置を把握して侍り、ヘリコプターを脱出しました。その次に、‘お母様’を呼び、探しました。お母様はその時、足が何かに完全に引っ掛かっていました。皆が努力して、ようやくお母様を助けだすことができました。そうしてお母様を背負ってヘリコプターを脱出した後、“ヘリコプターが3分以内には爆発します、お孫様たちはどこにいらっしゃいますか?”と、随行員たちが真の家庭の孫・孫娘を抱き、ヘリコプターを脱出しました。その後、残りの搭乗者たちが順番に抜け出しました。

食口の皆さん!なぜ朴機長が、統一教会に入教することを願ったのか、ご存知ですか?朴機長は、“その日に見た多くの奇跡の中で、最も大きな奇跡が、正に統一教会人たちの偉大な信仰であった”と言いました。自分の体を顧みず、真の父母様と真の家庭に侍る統一教会人たちの偉大な信仰を見て、ここに明らかに生きておられる神様がいらっしゃるということを確信することができたため、統一教会人になることを決心したと言いました。

ヘリコプターから脱出した後、真の父母様と随行員たちは迅速に、ヘリコプターから遠いところへ避難しました。移動している間、ヘリコプターの方から爆発する音が聞こえたといいます。事故が起きたヘリコプターの写真を見てみましょう。本当にむごたらしいです。爆発する前に、この中に、90歳を越えられたお父様と、私たちのお母様、それから子供たちがいたのです。本当に目まいがするような事故でした。

食口の皆さん!今週、私たちは驚くべき天の役事を目の当たりにしました。真の父母様の勝利を目撃しました。真の父母様は、死に打ち勝たれました。地獄の底で、地獄を自然屈伏させ、不死鳥のように起き上がられました。本当に救世主、メシヤ、真の父母であることを全世界に見せてくださいました。私はこれが十字架の苦難の後、復活した事件よりも百倍、大きな奇跡だと思います。

今日、私たちは何を学ぶことができますか?本当に、神様は超自然的な能力と神秘的な力を持っておられます。私たちに見せてくださった奇跡を知った人ならば、誰もそれを否定することはできないでしょう。ヘリコプターの事故で搭乗者全員がこのように無事である確率は、ほとんどありません。それこそ、奇跡中の奇跡なのです。

朴機長が証言したように、この日の最も大きな奇跡は、真の父母様に侍る統一教会人たちの偉大な信仰でした。私はその日、ヘリコプターに統一家の全ての人々が乗っていたのだと思います。韓国教会全体が、そのヘリコプターに乗っていたのです。何年か前の韓国教会を見れば、朴機長が近づいてくる松の木を見て絶望したように、“未来がない、絶望的だ”と思ったかもしれません。しかし、ヘリコプター事故で現れた奇跡のように、統一教会が不死鳥のように、再び生まれているのです。真の父母様のとてつもない勝利は、誰も否定することはできません。私たちは今、このような奇跡の中に生きているのです。

真の父母様は先日、5時間訓読会を主管されました。人々は知りませんが、訓読会を準備しながら、お父様は既に3時間、訓読をされた後に、食口たちと5時間、また訓読をされたのです。私が途中でお父様に、“5日前にヘリコプター事故に遭われました。無理をして訓読会をされてはいけません”と申し上げました。するとお父様は、さっと立ち上がられ、“静かにしていなさい。今、重要なことを話しているのだ”と言われ、み言を続けられました。本当にお父様は、摂理のために精誠を捧げる時間には、少しの譲歩もされません。人間の限界を超えられた、偉大なスーパーマンです。

真の父母様の心情を相続し、偉大な信仰心を持って前に進んでいけば、私たち統一家の未来と運命は、より明るくなるでしょう。私たちはより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょうし、世界により大きな祝福を分け与えることができるでしょう。

私たちにはスーパーマンのようなお父様、スーパーウーマンのようなお母様がいらっしゃいます。皆さん!私たちの未来は明るいです。常に驚くべき奇跡と天の役事が私たち共にあります。私たちは勝利する人生を生きるでしょう。ありがとうございました。