亨進様 天一国食口礼拝 2008年7月13日
天一国食口礼拝 2008年7月13日 亨進様の説教 “絶対に負けない自然屈伏の力”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/191

‘自然屈伏の力’を利用する方法を学べば、私たちは祝福の人生を生きることができるでしょう。真の父母様は、真の愛による自然屈伏がカイン型の世界に勝つことができる唯一の道であると教えてくださいました。自然屈伏は皆さんに反対する人と皆さんを信頼していない人を抱き、変化させることができる唯一の道です。自然屈伏は劇的なものではありません。それは変わりない、真の愛による一貫性のある努力であり、勤勉で謙遜な姿勢を含んでいます。自然屈伏の最も親しい友達は‘時間’です。自然屈伏は人生において、私たちがより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得ることができる鍵です。

孔子は3つの類型の孝子について語りました。一番目の孝子は、良い食べ物や服をもって父母に侍る人です。二番目の孝子は、父母や家族を恥ずかしくさせない人生を生きる人を意味します。そして最後の三番目の孝子は、父母を光り輝かせる人を意味します。真の父母様の前に、私たち全ての統一教会の食口たちは三番目の孝子にならなければなりません。真の父母様を光り輝かせ、栄光をお返しすることができる孝子にならなければならないのです。

ところで、どのようにすればそのような孝子になることができるでしょうか?何よりまず、私たちが統一教会人として勝利する人生を生きなければなりません。どんな外的な大きい大会をするとしても、社会を屈伏させられるわけではありません。職場での成功、学校での成功、家庭での成功、信仰者としての成功など、私たちが生きている人生の現場で勝利する人になってこそ、社会を自然屈伏させることができるのです。自然に社会の尊敬を受けることができるのです。

私には親しいお坊さんの友達がいますが、そのお坊さんが何日か前、私を訪ねてきて、蓮の花について話をしてくれました。仏教とインドの伝統では、蓮の花をとても偉大で聖なる花だと規定します。蓮の種はとても汚く見える池の泥の中から芽を出します。そして、強い生命力で水の上まで育ち、とても美しい花を咲かせるのです。

食口の皆さん!皆さんは平凡で特に見るところもない存在として創造されたのではありません。泥にはまり、芽を出すこともできず、ただ水に浮かんでいる存在ではなく、強い生命力で育ち、日差しの中、明るく輝く美しい蓮の花として創造されたのです。

このように、私たちは自分たちの真なるアイデンティティーを探さなければなりません。神様は私たちにそれぞれ、特別な才能と潜在力をくださいました。私たちは社会に出て勝利し、統一教会と真の父母様の栄光を光り輝かせることができます。私は今回、日本に行って、“時が来た”と言いました。そうです、時が来ました。社会的摂理の時が来たのです。これ以上、私たちは統一教会の中にだけ留まっていてはいけません。世間に出て行き、真の父母様がどれほど偉大な方であるか、見せてあげなければなりません。これはより多くの大会をしなければならないとか、“私は誇り高い統一教会人です”と書かれたTシャツを着て歩くという話ではありません。私たちが立っている生活の現場において、成功的な成果を創り出す時にのみ、社会から真実の尊敬を受けることができるという意味なのです。

ところで、社会との疎通について、憂慮する声もあります。ある方は、2世たちが社会的に大きく成功すれば、教会を離れるだろうと心配します。しかし私は、祝福2世たちが機会を得るや否や、父母と兄弟、友達と教会の共同体を捨てるほど、利己的な人たちだとは思いません。祝福家庭たちは私たちが考える以上に、教会に深い愛情を持っています。教会がより成功することを、心から願っています。

またある方は、“社会はとても危ないです。とても多くの誘惑と罪悪があります。祝福家庭たちはとても純粋だから、誘惑に簡単に陥ってしまい、成功の道を進むことはできないでしょう”と言います。しかし皆さん、覚えていてください。神様は生まれたばかりのモーセをエジプトの宮殿に送りました。そこは堕落と罪悪に満ちたところでした。しかしモーセは、素晴らしく成長し、神様の摂理歴史において重要な役割をする指導者になりました。

また、ヨセフを考えてみてください。ヨセフは奴隷として売られていき、悔しくも約3年間、監獄生活をしました。罪悪に染まりやすい環境にありましたが、ヨセフは神様に対する信仰を失わず、神様が準備された道だけを歩みました。ヨセフは結局、エジプト王と国全体を自然屈伏させ、エジプトで二番目に大きい権力を持った総理大臣になりました。多くのエジプト人はヨセフを尊敬し、イスラエル民族の後孫たちも尊重してくれました。

食口の皆さん!私たち祝福家庭も、ヨセフがやり遂げたことをすることができます。社会でとても大きく成功した後、教会に帰ってきて教会のために働きたがる祝福家庭もいます。最近会った2世は、“社会的に成功して、経済的にとても豊かであり、家庭でも妻や子供たちとも幸せに過ごしているが、相変わらず何か空虚な気持ちがする。より多くの人たちを助けながら生きたい。教会のために働きたい。教会は私の父が生涯をかけて働いてきたところだ。教会を光り輝かせてこそ、父の人生が虚しい人生にならないと思う。これからは教会のために働きたい”と言いました。このような、貴い2世たちのために拍手を送ってください。

自然屈伏の最も親しい友達は‘時間’であると言いました。とても多くの人たちが、1年、2年、一生懸命働いて成果を出すことができなければ、簡単にあきらめてしまいます。皆さん!1年や2年は、とても短い時間です。最低、3年から5年は言葉もなく投入して努力してこそ、人々は皆さんのことをゆっくり認定し始めるでしょう。

ある社長は、私に“原理をよく理解している人は成功します。彼らは自然屈伏の原理をよく知っています”と言いました。任された業務に黙々と最善を尽くし、実力を積んだ人たちは、組織のために最も良い結果を生み出すでしょう。自然に、彼が属している組織でより良い位置に昇進することになるでしょう。そうしてこそ、その組織はより健康的になり、より成功する組織になるでしょう。

食口の皆さん!國進兄は財団で、私は教会で最善を尽くして働いています。國進兄は統一グループの全般的な経営構造を専門化することによって、社会的に尊敬を受ける企業を作ろうと努力しています。最近、SBSとMBC社長にも会いましたが、國進兄が財団を受け持ってから、赤字を黒字に変えた実力を見て、感嘆し、國進兄を認定してくれています。

教会も、良いシステムとよく訓練された専門家チームを通し、よりしっかりとした健康的な組織として作ろうとしています。また、言論とのインタビューを通し、社会的に認定を受け、尊重されている宗教団体にしようとしています。一個人のカリスマではなく、教会という組織のカリスマを育てています。

謙遜な心で、一貫性をもって正直に私たち自身と教会を発展させる時、教会に対する社会的な認識が変化するのを見ることができます。このような努力が集まり、神様と真の父母様の御旨をこの地により早く実現して差し上げることを願っています。真の父母様がこの地上にいらっしゃる間に、最も高い尊敬と栄光を受けることを願っています。

恥ずかしいですが、私の告白をします。幼い頃、私は、社会は罪悪で満ちたサタン世界だと思っていました。私は社会が私たちを恐れれば、私たちを尊重するだろうと考えました。力で世間を屈伏させることができると信じました。ですから、私は自らを、サタン世界と闘う戦士、武士、闘士だと思いました。強力な武術を習い、高校に通う時は、周りの人たちから怖い人だと認識されることを願っていました。

しかし、歳をとって成熟しながら、恐れゆえに誰かを尊敬するようになることは、決してないということを悟りました。尊敬を受けたければ、私たちが持っている愛、私たちが成し遂げた実績を見せてあげ、認定を受けなければなりません。力で屈伏させ、恐れを感じさせるのは、決して真の父母様の教えではありません。本当に社会から尊敬を受けられる道は、自然屈伏の他にはありません。

全世界の統一教会を見てみれば、二つの類型に分けることができます。一番目の類型は、開拓教会です。開拓教会は規模が小さく、牧師の情熱とカリスマによって教会が成長します。二番目の類型は安着教会です。教会的基盤が備えられており、所属している食口の数も開拓教会に比べれば相対的に多いのです。

現在、ここの教会に登録されている食口は、約3000名に上ります。これは、安着教会です。これくらいの規模の教会になれば、社会が関心を持って見つめるようになります。ですから、私たちは、私たちの教会が危険な宗教団体ではなく、所属している食口たちはその国の国民として、正直で、誠実に働く市民であることを確実に知らせなければなりません。社会に良い影響を及ぼすことができる教会であることを見せてあげなければなりません。

今日のように、現代化された世界で、教会が社会から尊敬を受けることができる唯一の道は、‘自然屈伏’です。私たちは統一教会人として、熱心に勉強し、良い学校に行き、社会で認めてくれる職場を得て、成功的な人生を生き、健康でしっかりとした家庭を築き、祝福を受けた人生を生きなければなりません。そうしてこそ、社会の人たちは、統一教会が追求する価値と人生を高く評価し、統一教会の共同体に所属したがるでしょう。

先ほどお話したように、私は幼い時、教会の外の世界はサタン的なものである規定しました。しかし、私も歳をとって、関係性の幅が広がりながら、世間の友達ともたくさん交流するようになりました。友達の中には、お坊さんもいたり、神父もいたり、多くの分野の専門家もいたり、平凡な人たちもいます。この方たちと交流しながら、社会には私たちを助けてくれる良い人たちがとてもたくさんいるということを悟りました。このような善なる人たちと、一緒に手をつないで前に進む時、私たちはより大きな勝利を収めることができ、神様により多くの栄光を返すことができると思います。

私は世間に対する偏見を捨てることができるようになりましたが、私自身は相変わらず自らを‘闘士’であると考えています。もちろん、刀を振り回す侍のような闘士ではなく、真のお父様やガンジー、ダライ・ラマ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師のような、霊的な戦いをする‘闘士’だと思っています。真のお父様は生涯、ご自身を迫害した世界のために、絶え間なく愛を投入してこられました。ガンジー、ダライ・ラマ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師といった方たちも、やはり彼らの共同体のために善なる戦いをしました。暴力を使用せず、平和的に、持続的な愛と慈悲の心を持って、歪曲された世界に対抗しました。私はそのような道を行きたいのです。真のお父様が教えてくださった真の愛の伝統で、世界をより美しく変化させたいのです。

私が牧会をしながら感謝することは、とても貴い方たちに、たくさん会うことができるということです。最近は、コンスタンティンという方と知り合うことができました。その方は白人なのですが、韓国女性と祝福を受け、3人の子女を授かっています。今回、成均館大学のMBA(経営学修士)課程を終え、証券会社に入社志願をしました。書類審査を通過し、面接を受けたのですが、面接官がどんな経歴なのか尋ねてきました。コンスタンティンはためらいなく、自信を持って、統一教会で10年間、働いていたと話しました。その時、面接官の中で、カトリックでありながら、仏教の瞑想もする超宗教的な考えを持っている方がいたのですが、その方が立ち上がり、多くの人たちの前で、“私はこの人を尊敬します。白人ですが、霊的な師(真の父母様)の教えに従って、私たちの国に来て、私たちの国の言葉と文化を学び、信念に従って韓国の妻と出会い、健全な家庭を築いています”と言ったというのです。今、コンスタンティンは証券会社で新入社員として仕事を習っているところですが、とても情熱的に働いているといいます。自分がその会社で良い実績を上げ、成功することこそ、本当の意味で真の父母様の名前を高める道であるということを知っているのです。彼の上官は、普段、新入社員を紹介する時、その人の外的な経歴、例えば、会計士として、ある会社で何年働いたとか、コンサルティング会社で何年働いたとか言うのですが、コンスタンティンに対しては、“この人は統一教会人です”とまず紹介してから、彼の外的な経歴を話すというのです。コンスタンティンは自分が統一教会人として紹介されることを、決して恐れていません。自分のアイデンティティーを出すことは、自分にとって大きな力になると言います。

食口の皆さん!皆さんは統一教会の平和闘士たちです。私たちは自身のために、そして真の父母様の顔として戦っています。私はコンスタンティンが一生懸命働き、尊敬を受ける素晴らしい人になることができるよう、祈っています。食口の皆さんが職場で、学校で、家庭で勝利できるように、祈っています。

勝利する人生を生きている、もう一人の食口についてお話ししましょう。その方はカナコさんといいます。韓国の主体者と祝福を受け、3名の子女を生んでいます。カナコ先生は、400年の伝統を持った日本茶道の主流団体で働いています。その総裁は、日本で人間文化財として指定され、多くの日本人の尊敬を受けている方で、日本のUN代表を歴任しています。

カナコさんはそこで20年間働きました。毎日、茶道を覚え、教えました。誰よりも誠実に働きました。ところが、周りでカナコさんの成功に嫉妬する師範たちがいました。彼らはカナコさんが統一教会の祝福行事に参席し、今も韓国で熱心に統一教会に通っていることを明かし、その事実が多くの人に知られました。韓国の食口の皆さんはあまり知らないかもしれませんが、日本では統一教会に対する社会的認識がとてもよくありません。批判の声が高く上がっているのです。カナコさんが統一教会であることが分かった時、その団体でこれ以上は働くことができない状況になるかもしれませんでした。

そんなある日、その団体の総裁がカナコさんに電話してきて、“韓国に行くから、会おう”と言いました。カナコさんは解雇されることを覚悟しました。約束の日、カナコさんは日本の伝統服である着物を着て、総裁を迎えるために空港に出かけました。総裁は10名余りの師範たちを呼んで集め、集会を開きました。皆、総裁が統一教会人であるカナコさんを審判し、追い出すものだと思いました。しかし、総裁は集まった人たちの前で、“私は宗教の自由を尊重する”と宣布しました。総裁は20年間、誠実に働き、茶道の世界で高い境地にまでたどり着いたカナコさんを認定してあげたのです。カナコさんを通し、統一教会を尊重してくれたのです。カナコさんを陥れた師範たちは、カナコさんに自然屈伏したのです。

食口の皆さん!皆さんはこのような意味で、闘士たちです。私たちは皆、社会で真の父母様の顔として、霊的な戦いをしています。世界を自然屈伏させるために、一生懸命に働き、自身の成長のために努力しています。

私が初めてインタビューを受ける時、多くの人が反対しました。“彼らが否定的な記事を書いたらどうしますか?記者は信じられる人たちではありません。もしかしたら、否定的な記事で教会に対する評判が悪くなるかも知れません。彼らは私たちをだまし、私たちに対して歪曲した記事を書くかも知れません。”しかし、私は勇気を出して彼らに会いました。

私はインタビューも、やはり霊的な戦いだと思います。私は堂々と記者たちに話しました。“統一教会の歴史はまだ短いです。私もまだ若いです。私たちは相変わらず、学ばなければならないことが多いです。統一教会は宗教団体として成長する過程にあります。最善を尽くし、より良い教会を作るでしょうし、社会と国家のために貢献するでしょう。”

最近、私たちの牧会に対して、数十件の記事が新聞、雑誌、インターネットTVなどの多様な言論媒体を通して報道されました。ところが、その全ての記事が、とても肯定的なのです。これら全ては、神様と真の父母様の勝利圏のためであり、統一教会人として、誇り高い人生を生きる食口の皆さんがいるからだと思っています。

それだけではありません。驚くべき知らせを一つお伝えします。先週、ソウル大学の神学大学院の学生3人が訪ねてきて、“本部教会についての噂を聞きました。統一教会の発展について研究してみたいと思っています”と言いながら、礼拝に参加しました。その前の週には、カトリックの神学大学院に所属している学生6人が、“統一教会の新しい風、新しい指導者”について知りたいと言いながら訪れ、礼拝を見ていきました。

時代が変わりました。社会を自然屈伏させることのできる準備ができました。神様と真の父母様のために、統一教会のために、より力強く、最善を尽くして戦っていかなければなりません。私たちは今、準備されています。統一教会人として、私たちが有能で、正直で、倫理的で、他を配慮することを知り、尊重を受けるだけの人物であることを見せてあげる準備ができています。

真の父母様は、真の愛による自然屈伏の王です。生涯を、世界平和のために、超宗教的な和合のために、絶え間なく施し、投入されてきました。変わらない愛で世界を変化させてこられました。そして私たちは今、そのような変化を明らかに確認することができます。何日か前、祝福式をしたのですが、その知らせが翌日のKBSの7時のニュースで放送されました。これは、社会が統一教会の基盤を認め始め、注目しながら見つめているということです。

今は大会や活動に集中する時ではありません。私たちの生活の現場で、誇り高い統一教会人としての伝統と生き様を見せてあげる時です。私たちのしっかりした家庭と教会の伝統を見せてあげ、社会を自然屈伏させることができるのです。もちろん、自然屈伏とは、華麗で劇的なことではないでしょう。自然屈伏はゆっくりと、音もなく、世界を変化させることができる力を持っています。

今は出て行って、社会を自然屈伏させなければならない時です。祝福家庭としてのアイデンティティーを誇り、学校や職場で、そして家庭で誰よりも情熱的に学び、成長し、勝利する姿を見せてあげましょう。皆さんが所属した組織と社会を、より発展させることができる存在であることを証明しましょう。そうすれば、自然に皆さんは尊重され、成功する人生を生きることになるでしょう。

食口の皆さん!私たちの運命は、根を降ろすことができず、水の上を漂う水草の人生ではありません。私たちは泥に深く根を下ろし、暗く汚い泥沼の中でも驚くべき生命力で育ち、美しい花を咲かせる蓮の運命を持ってこの地に生まれました。

どんな環境の中でも自然屈伏の力を信じ、勤勉で誠実に、静かな革命を起こしてください。美しい花を咲かせ、神様と真の父母様の名前を光り輝かせることのできる食口の皆さんになってくださるようお願いします。皆さんがこのような人生を生きれば、必ずより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょう。真の父母様が私たちのために準備された祝福の人生を生きることができるでしょう。このメッセージを受け取ってくださるならば、真の父母様に大きな拍手で栄光をお捧げしましょう。