亨進様 天一国食口礼拝 2008年6月8日
天一国食口礼拝 2008年6月8日 亨進様の説教 “あなたは偉大な人物として創造されました”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/181

今日は“あなたは偉大な人物として創造されました”という題目で、一緒に考えてみようと思います。食口の皆さん!本当に祝福の人生を生きたければ、神様がなぜ私たちを創造されたのか、悟ることができなければなりません。神様は何の計画もなく、ただ人間を創造されたのではありません。聖書の創世記に記録されている通り、神様は御自分の形の通りに人間を創造されました。神様の“かたち”の通りに創造されたのですから、人間の中には神様が持っている性稟のすべての内容があります。神様の創造能力、無限なる潜在力、偉大さ、愛、価値などが、私たちの中にあるのです。このように、私たちは皆、偉大な価値を持った存在なのです。

食口の皆さん!一度考えてみてください。もし皆さんの息子、娘たちが祝福された運命を生き、成功的な人生を生きるとすれば、どうでしょうか?皆さんは誰もが、父母としてとても喜ぶでしょう。同じです。私たち人間が幸せな人生、偉大な人生を生きるようになれば、人類の父母である神様も心から喜ばれるのです。

お父様が16歳(数え)で神様から人類救援の使命を受けた時は、その使命を担う自信がありませんでした。日本の統治下にある植民地、韓半島!そこでも小さな田舎に住んでいるというだけでなく、自身の幼い年齢、不足な姿を思えば、それはとても手に負えない使命だったのです。しかし結局、お父様は神様の祝福と導きを信じました。“どんな困難が来ても、どんな苦難と迫害に直面しても、私は神様のために、偉大なことを成す、偉大な人物になろう”と決心され、前進されたのです。

とても多くの人々が、“私は特別なものが何もない”、“私は才能がない”、“他の人は私よりもずっと優れている”、“あの人の性稟は、私よりも人格的にずっと素晴らしい”、“私は本当に平凡で、特に何も見せるものがない”など、そのような思いを持ちます。

食口の皆さん!このような否定的な思いに注意しなければなりません。思いに注意しなければそれが言葉になり、言葉に注意しなければそれが行動になり、行動に注意しなければそれが習慣になり、習慣に注意しなければそれが人格になり、人格に注意しなければそれが生き様になり、生き様に注意しなければそれが運命になり、運命を主管できなければそれが遺産になります。今、私たちがしている否定的な思い一つが、結局私の人生になり、私の遺産になってしまうのです。否定的な思いを反復するようになれば、結局自分の人生に限界を作ってしまうのです。神様は私たちの人生に限界を置かれません。神様は無限なる潜在力をくださいました。その祝福を成就するために、私たちは自分自身に対する大きな夢とビジョンを抱いて生きていかなければなりません。

ダチョウとワシの話を聞いたことがあるのですが、ある日、ワシの巣から卵が落ち、ダチョウの巣に転がって行きました。そのワシの卵が孵化して、幼い雛が生まれました。お母さんダチョウは、その子が他の子供たちとは少し変った姿をしていましたが、幼いワシを自分の子供と考え、世話をしました。幼いワシは、お母さんダチョウから、生きていく方法を習いました。彼はダチョウのように、地上で虫を捕まえ、何か怖いことがあると土の中に頭を隠しました。

ワシの子供はすくすくと育ちましたが、相変わらず自らをダチョウだと思っていました。しかしある日、急に巨大な影がダチョウたちの集まっている上を過ぎ去りました。突然のことで、ダチョウたちは皆、恐れをなして頭を土に打ちつけて、隠れました。ワシもそうしようとしたのですが、岩に頭をぶつけてしまい、そのまま地面に倒れてしまいました。そして空を見上げると、とてつもなく大きな鳥が、飛んでいました。しかしおかしなことに、その鳥は自分ととても似た姿をしていました。自分が他のダチョウたちとは違う姿であることについて不思議に思っていたのですが、自分と似た鳥が空を飛んでいるのです。そしてその鳥が鳴く声がしたのですが、ワシは心臓がドキドキと高鳴るのを感じました。ワシがその鳥の声を真似してみると、似たような声を出すことができました。彼はふと、自分もあの鳥のように空を飛べるだろうという思いが湧きました。ワシは翼を広げ、羽ばたいてみました。そのように毎日毎日翼を広げ、空を飛ぶ練習をしていると、少しずつ、より高く上がっていきました。彼はもう、これ以上共に育ったダチョウたちのように、虫を捕まえながら生きることはしませんでした。ワシとして、あの遠くにある水平線を見つめながら、無限に広く、高い空を飛ぶようになったのです。

食口の皆さん!私たちの人生も同じです。神様が私たちに生命をくださった時、“ダチョウ”のような存在として創造されたのではありません。“ワシ”のような存在として、勇敢で、偉大で、自分の翼を広げて青い空を心置きなく飛び回ることのできる存在として、創造されました。私たちは皆、このような観点で自分を見つめなければなりません。自らに対する否定的な思いが浮かんだり、否定的な声を聞く時、それに心を奪われてはいけません。いったい誰が、皆さんは成功できないだろうと言いましたか?いったい誰が、皆さんには才能がないと言いましたか?いったい誰が、皆さんは成長できないだろうと言いましたか?いったい誰が、皆さんは失敗する人生を歩むだろうと言いましたか?いったい誰が、皆さんはみすぼらしい人生を歩むだろうと言いましたか?神様は皆さんを祝福されました。誇り高い統一教会人にしてくださいました。ワシのように、燦爛と輝く太陽に向かって飛んでいくことのできる勝利者の運命をくださいました。このような神様の祝福を忘れないでください。

国際祝福を受け、3人の子女を生んだ家庭がありました。ところがある日、夫が家庭を捨てて、他の女性と共に遠くに行ってしまうという、全く信じられないことが起こりました。この婦人は、どれほど当惑したでしょうか?裏切られたことに、どれほど怒ったでしょうか?世話をしなければならない3人の幼い子供たちがいます。外国人として、夫の国で、仕事をしてみたこともありませんでした。しかも、通帳の残高は50万ウォンしかありませんでした。すぐに家の家賃も払わなければなりませんでした。どのように生きることができるのか?本当に大変で、絶望的な状況でした。いくら考えても、道が見えませんでした。他の食口は、“とてもかわいそうだ。あの家庭は、もう人生が終わった。婦人は子供3人をまともに養育することもできず、結局は福祉施設に送ることになるだろう”と考えました。

ある朝、婦人は鏡を見ながら顔を洗っていました。ところが、その時子供たちが泣き始めました。婦人はとても心を痛めました。そして、“このように敗北者として生きることはできない。国際祝福を受けてこの国に来たのは、このように絶望的な人生を生きるためではない。祝福家庭として、私は勝利する人生を生きよう”と決意しました。職場を探すために教会の食口から友達、親戚、周りの知人、大会を通して知り合った人々など、全ての人たちに電話をしました。簡単に職を探すことはできませんでした。しかし、あきらめずに門を叩き続けました。すると、神様が役事してくださいました。その方は、一時は自分の人生全てが塞がったと思ったのに、神様が新しい道を開いてくださいました。今、その方はある大学の第二外国語の学部長をしています。3人の子供を皆、大学に進学させ、そのうち2人の子女がすでに祝福を受けました。福祉施設ではなく、その方自身が持っている良い家で、平和に暮らしています。10年前、夫が家庭を離れた時、その方は今のような生活を想像すらできなかったでしょう。しかし、神様の祝福と導きを信じて前進した時、人生の障害物を越えることができ、勝利することができました。神様に対する信頼があれば、その中でできないことはないという大胆な心を持たなければなりません。

食口の皆さん!私たちの思い、私たちの心の持ち方がこのように重要なのです。もし、私たちが特別ではないと思ってしまえば、私たちは神様がくださった才能と能力を発見することができないでしょう。私たちの潜在力を発展させることができないのです。もし、私たちが経済的な困難に閉じこまって生きれば、神様が祝福された豊かな人生に到達することはできないでしょう。もし、私たちが良くない人格を持っていると思えば、自ら良い人と出会う機会を放棄することになるのです。もし、私たちが自らを平凡な人間として考えれば、私たちは決して偉大な人になることはできないでしょう。

私が幼い時、学業成績が良くありませんでした。アメリカの教育システムは、全ての科目で一番良い学点Aを取れば、評点4.0になるのですが、私の学点は1.6でした。平均的に、ほとんどDをもらいました。F(落第)をもらった科目もありました。そんな中、大学に進学し、榮進兄の助けを受けるようになりました。榮進兄は、私の潜在力を信頼しました。私に勇気をくれ、私の発展のために多くの投入をし、教えてくれました。

私は変り始めました。そして、大学生活中に、私の人生で初めて評点3.3をもらいました。ほとんどの科目で、B+をもらったのです。私はとても喜びました。私にとって、評点3.3は奇跡のようでした。私は満足しました。しかし、榮進兄は、“亨進!おまえをそこで満足させるわけにはいかない。おまえはそれよりずっとうまくやれる。そういう潜在力を持っている。おまえは4.0満点をもらうことができる。最優秀学生になることができる”と言いました。私は、“榮進兄さん!兄さんも知っているじゃないか。僕は評点1.6をもらっていた学生であり、周りの人たちは僕がお父様の一番悪い遺伝子を受け継いだと話しているじゃないか。評点3.3が僕の限界だよ。僕はこの程度でも満足だよ”と答えました。

しかし、榮進兄は続けて私を指導してくれ、“評点4.0をもらうことができる。偉大な学生になることができる”と、勇気を植えてくれました。そして榮進兄の信念は、私の現実になりました。私は評点4.0をもらうようになり、ハーバード大学と大学院に進学して、卒業しました。“偉大に対する最も巨大な敵は、正に‘この程度であれば大丈夫だ、もしくは充分だ’という考えである”のだと思います。これは、私たちがいつも記憶し、教訓にしなければならない言葉だと思います。

食口の皆さん!私たちは皆、はっきりと知らなければなりません。神様が私たちの人生を見つめられる観点は、私たちの観点よりもずっと大きく、偉大なのです。榮進兄は、私を見つめる時、神様の観点で見つめてくださいました。榮進兄は、私に対する絶対的な信念をもっていました。私は神様が、榮進兄を通して私に役事してくださったということを悟りました。

食口の皆さん、皆さんの中の何人かは、今、暴風のような時期を送っているでしょう。とても深く、濃い暗闇の中に陥り、前が見えないかもしれません。人生に対して希望を見出すことができず、絶え間なく彷徨しているかもしれません。しかし、忘れないでください。皆さんはダチョウではなく、ワシの人生を生きるように祝福されたのです。暴風を越え、あの遠くにある水平線に向かって進むことができるのです。太陽は西側に沈む瞬間、同時に他の地の東の空を明るく照らしているのです。今、たとえ人生の夜の時間を過ごしていても、すぐに夜明けがやってくるでしょう。光り輝く太陽の下、情熱的に私たちの生命を花咲かせる時が来るでしょう。

食口の皆さん!自らに、“私は創造的な人間だ。私は知的な人間だ。私は魅力的な人間だ。私は偉大な人間になる過程を今、歩んでいる”と言ってください。このような観点で、皆さん自身を見つめてください。皆さんはそれぞれが、“神様の傑作品”です。いつも自分に対する夢とビジョンを充満させてください。感謝する気持ちで、神様を賛美してください。光り輝く未来に対し、希望を抱いて生きる人は、成功的な人生を生きることができます。しかし、自分だけの幸せや祝福された人生にだけ満足してはいけません。他の人たちも、自身に対する信頼と勇気を持って、祝福の人生を生きることができるように助けてあげなければなりません。神様は、私たちが自分のためだけに生きることを願われ、私たちに生命をくださったのではありません。神様は私たちが因縁を結んだ人が、祝福の人生を生きることができるように助けてあげることを願われています。

食口の皆さん!今日、私たちは何を学ぶことができるでしょうか?私たちは偉大な人物として創造されました。今、私たちは偉大な人物になる過程にいるのです。もちろん、人生には難しい瞬間があるものです。私が初めて韓国に来た時は、ケンタッキーで注文をすることもできませんでした。私がチキンを注文したのに、店員が、4チョク(個)がいいか、6チョクがいいかと聞くのです。私はそれがいったい何のことか、理解することができませんでした。私が韓服を好んで着て、韓国人のように見えるのですが、韓国語ができないのを見て、人々は笑いました。その時は本当に、これ以上韓国語ができない、発展することができないと思いました。10ヶ月前、私が説教をした映像をインターネットで見ると、韓国語が上手く話せていないので、皆さんに申し訳なくなります。私も、自分が何を言っているのか、分かりませんでした。本当に、麻浦教会の食口の皆さんは、私の説教を信仰で聞いてくださいました。ところで10ヶ月が過ぎた今、私は韓国語の実力がとても伸びたと宣言することができます。

私たち自身を神様の目で見つめ、偉大な人物になることができるという確信を持って生きるならば、偉大なことを成し遂げることができるでしょう。私たちはダチョウではなく、ワシの運命を持って生まれました。

既にお話したように、私には榮進兄がいました。榮進兄によって、私の真なる価値と潜在力を発見し、成長させることができました。ここにいる食口の皆さんの中には、榮進兄のような方がいない方もいらっしゃるでしょう。私を皆さんの榮進兄にならせてください。

皆さんは平凡な人生を生きるのではなく、本当に偉大な人生、歴史に足跡を残すことができる人生を生きるしょう。この場で宣布いたします。皆さんは毎日、より多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょう。この場で宣布します。皆さんは真の父母様が祝福された人生を生きることができるし、この世界の人類の前に、祝福を分け与えるでしょう。もし、皆さんが私のメッセージを受け入れてくださるのならば、真の父母様の大きな拍手で栄光をお返しください。