亨進様 天一国食口礼拝 2008年6月29日
天一国食口礼拝 2008年6月29日 亨進様の説教 “祝福された人生を育んでください”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/186

祝福の人生を生きるために、私たちは人生をよく管理し、経営することができなければなりません。誰にでも夢と目標があります。しかし重要なことは、人生という制限された時間の中でそれを成さなければならないということです。皆さんの夢と目標を成し遂げる最も重要な鍵の中の一つは、正に皆さんに与えられた時間を効率良く活用することです。

多くの人々が、“目標を成すために努力する時間を見つけられない”、“もし私にもっと多くの時間が与えられていたならば、もっと良い成績を得ることができるのに、私が受け持ったプロジェクトでもっと良い結果を生み出せるのに、私が提案した仕事を成し遂げるのに”と言います。ここで、皆さんが覚えておかなければならないことがあります。成功の鍵は、時間を探すのではなく、時間を創り出すことなのです。

ところで、どうすれば私たちが夢のために投入することができるより多くの時間を作ることができるでしょうか?これの答えを探すため、時間経営の専門家による、ある有名な講義内容を紹介します。講義の中で、その講師はテーブルの上に4リットルほどの、口が広くて透明な容器を置き、砂利が詰まった器と12個の大きな石を置きました。そして12個の大きな石の上には、それぞれ自己発展のための投資、配偶者、子女、教会、職場、成功、奉仕活動、休暇、共同体生活、大きなチャンスなど、人生において私たちがとても大切に思う価値の内容を書きました。また、砂利は私たちの人生において、日常的に起こる大きかったり小さかったりする、複雑な出来事だと言いました。

講師は聴衆の中から一人の女性を選び、舞台に出てきてもらいました。そして砂利を透明な容器の3分の2まで入れ、それから12個の大きな石を透明な容器に入れてみるように言いました。彼女は透明な容器に12個の石を全て入れてみようと頑張りました。しかし、3分の2が既に砂利で埋まっている状態であったため、いくら努力しても、到底、12個の大きな石全てを容器に入れることはできませんでした。

すると講師は、全く同じ大きさの透明な容器をもう一つ取り出して、その女性に、新しい思考の転換をして、12個の大きな石と砂利を入れてみなさいと言いました。どんな方法を使っても良いと言いました。彼女は最も大きな石から容器に入れ始めました。12個の大きな石をまず入れて、その上に砂利をかけました。砂利は大きな石の間に入っていき、透明な容器をぎっしりと埋め始めました。聴衆は、砂利がもっとたくさん入るよう、容器を揺らしました。そうしたことを繰り返していると、結局、透明な容器から溢れずに、12個の大きな石とたくさんの砂利を入れることができたのです。

講師は、聴衆たちに、この例えが私たちに教えてくれるポイントは何か、尋ねました。するとある人が立って、“私たちの生活がいくら忙しくても、もっと一生懸命努力すれば、限られた時間の中でより多くのことをすることができるということを教えてくれています”と答えました。講師は“良い答えですが、核心的な内容はそれではありません。今日お見せした例は、正に大きな石から入れていってこそ、容器を完全に満たすことができるということです”と答えました。

 そうだとすれば、私たちの人生において、大きな石とは何でしょうか?それは、私たちにとって最も貴いもののことです。私たちの夢と希望、家族、自己発展、教会、奉仕、献身、地域社会、職場、チャンスなどを挙げることができるでしょう。今この瞬間、皆さん自身に問いかけてみてください。“何が私の人生の大きな石なのだろうか?”大きな石から始めなければなりません。そうすれば、人生の多くの複雑な出来事を一つ一つ整理することができるでしょう。

ここで一つ、私たちの人生において最も大きく、重要な石についてお話したいと思います。それは、神様と真の父母様の石です。これは他の石をより光り輝かせる石として、私たちの人生の最も中心になければならない石です。皆さんが何をするにしても、神様と真の父母様が皆さんと同行されないのであれば、長期的な観点において、皆さんは成功することができないでしょう。それだけでなく、私たちの後孫にもより良い遺産を残すことができないでしょう。

もちろん、これは神様と真の父母様だけを見つめて生きなさいという話ではありません。蕩減時代、大部分の統一教会の一世の方々は、ただ教会と御旨だけを見つめて生きてこられました。教会の基盤を立てるために、自分の人生と家庭を犠牲にしました。その方たちの人生の価値は、とても貴いものがあります。その勝利的な基台の上に、私たちは天一国安着時代を迎えることができました。ところが、新しい時代においては、教会的な人生だけでなく、私たちの家庭と社会生活も大切に育んでいかなければならないのです。

私は信仰について、ある牧会者と対話を交わしました。その方は“蕩減時代とは違い、後天開闢時代には、基本的な信仰として3つのことをしっかりと守るならば、統一教会人として御旨を歩んでいくことができる”と言いました。その方が強調した3つとは、敬拝、十一条生活、礼拝出席です。敬拝は何を意味しますか?敬拝は真の父母様に侍る気持ちと実践を意味します。家庭において真の父母様の写真に侍ること、財布に真の父母様の写真を入れて出かけるというような侍る生活が、統一教会人の第一番目の要件になるというのです。次に、十一条です。十一条は神様の摂理と教会のために、物質を奉献することです。これは天一国主人としての姿勢であり、私の信仰と私の子供たちの信仰的養育のために投資することです。最後に礼拝参加は、信仰者としてのアイデンティティーを意味します。一週間に一度、神様に“私の時間”を奉献し、み言と聖霊によって新しい一週間を出発するのです。このような3つの内容が、統一教会人としての‘私’を規定するのです。その牧会者は、この他にも修練会参加、断食と訓読会参加、精誠、伝道生活など、いろいろな信仰生活の姿勢について語られましたが、先ほどの3つの根本的内容を最も強調されました。私は、私たちが家庭と職場生活に忠実でありながら、この3つの約束をよく守ることができると信じています。過去のように、教会の公的な仕事を選択したために、家庭と社会生活を放棄しなければならないという考えでは、祝福の人生を生きることはできないでしょう。

特に、‘真の家庭’という石は、統一教会人にとって、とても貴い価値を持っています。私は家庭訪問をするたびに、‘子女の日’という真の家庭を成すための訓練方法をお伝えします。‘子女の日’とは、一週間に一日、父母が多くの子供たちの中で、たった一人の子供だけのために投入する時間を持つことです。‘子女の日’は、誕生日のような記念されるべき日、もしくは良い成績をもらうといったような、賞賛されるにふさわしいことを子供がしたからではなく、それぞれの子供の純粋で本質的な価値を思い出し、感謝して、愛を表現する日なのです。

例えば、私は5人の子供を持っています。私たちの家庭の‘子女の日’は、毎週火曜日です。まず、第一火曜日は信八の日です。火曜日になる前に、信八とどこに行くか決めるのです。信八はラーメンが好きなため、ラーメンの専門店に一緒に行きます。そして信八に、あなたがどれほど貴い価値を持っているのか、お父さんとお母さんが信八をどれほど愛しているか、私たちの家庭に信八がいて、どれほど感謝しているかを言ってあげるのです。信八も、お父さんとお母さんに言いたいことを全部言います。また、私たちは一緒に統一教会と教会人としての価値について討論したりもします。その翌週の火曜日は、信萬の日です。私たちは信萬が好きな中国料理屋に行きます。その次の週は、娘の信宮と一緒に、ケンタッキーに行きます。このように回りながら、毎週一人の子供と一対一の時間を持つのです。このような時間がとても大切なのです。‘子女の日’を通し、子供は父母がどれほど自分を大切にし、愛しているのかを確認することができるのです。

皆さんは子供と時間を過ごしていると、どんな瞬間が最も記憶に残りますか?大部分の父母たちは、家族全体が一緒に楽しい時間を送っている時だと答えます。しかし、子供たちの場合は違います。研究によれば、子供たちは父母と一対一で時間を過ごしている時を最もよく覚えているというのです。ところで、よく考えてみてください。私たちは子供たちと一対一でいる時、何をしているでしょうか?小言を言ったり、叱ったりしています。子供たちは“お父さんとお母さんは、私のことが気に入らないみたいだ。私に何かふさわしくないことがあったに違いない。私はできそこないで、不足だ”と考えているかもしれません。子供を育てている父母は、日頃どのように子供に接しているか、深刻に考えてみなければなりません。何より、本当に温かく、愛に満ち溢れる子供との一対一の時間を持てるように努力してください。

私は日本に行けば、いつも食口の家庭を訪問します。日本の食口は、本当に忙しい毎日を送っています。ですから、子供たちのための時間を持つことが難しいと言うのです。私は、その方たちに、“ひょっとして、朱蒙を見ましたか?”と聞きます。朱蒙は韓国でとても有名だったドラマで、日本の食口たちもたくさん見ています。すると、大部分の方が“とても面白かったです。ソン・イルグクさんがとてもカッコいいのです”と答えます。私は笑いながら、“時間がないと言われますが、時間があるじゃないですか”と言います。そうなのです。私たちの日常を振り返ってみれば、明らかに時間があるのです。それから、子供たちのための時間は探し出すのではなく、創り出すものです。真の家庭を成すために一週間に一時間を創り出すことは、決して無理ではありません。それは最も大切に、私たちの時間を使うことなのです。最近、私は日本から良い知らせを聞きました。たくさんの日本の祝福家庭たちが‘子女の日’を決め、実践しているというのです。日本食口のために、大きな拍手を送ってください。

統一教会の全ての祝福家庭が、‘子女の日’を作り、真の家庭になるための効果的な投資をしてくださるようお願いします。‘子女の日’に、子供に対する愛を表現し、信仰と人生に対する皆さんの思いを、子供たちに伝えてください。‘子女の日’は、皆さんの家庭の伝統、私たちの信仰の伝統を、子供たちに相続してあげる時間になるでしょう。また、子供たちは父母から学び、そのまま行動するということを覚えていてください。私たちが子供たちを育てることは、未来の孫を育てることなのです。子供たちに対する私たちの投資は、決して虚しいものではなく、長い期間、残ります。後孫まで影響を及ぼすのです。

私は、‘Trouble Tree’という教訓的な話を聞いたことがあります。農家の家を所有している主人が、大工を一人雇い、家の修理を任せました。ところが、その日は大工にとって、とても残忍な一日でした。仕事場に到着するや否や、車のタイヤがパンクし、空気が抜けてしまいました。作業を始めようとすると、電動のこぎりに問題があり、動きません。そうしながらもなんとか一日の仕事を終え、帰る時間になりました。ところが、自動車に問題があって、エンジンがかかりません。結局、家の主人が車で大工を家に連れていってあげなければなりませんでした。大工は本当に腹が立ち、一方では恥ずかしくもありました。主人が車を出して家に連れて行ってくれる間、大工は一言も話しませんでした。主人は、大工がとても憂鬱な状態で、自らを責めているように見えました。

大工の家に到着すると、大工は家族を紹介したいと言いました。ところで、車から降りて家に向かって一緒に歩いている途中、門の前にある木のところに来ると、大工は立ち止まって、両手で木の枝を触りました。主人は大工の行動をいぶかしく思いました。ところがもっと不思議だったのは、門を開いて家族を見た瞬間、大工の表情と雰囲気が、以前とは完全に変わっていたということでした。家に来る途中では憂鬱で、言葉もなかった大工でしたが、今はその顔に微笑みが溢れていました。大工は明るく笑い、妻にキスし、子供たちを抱いてあげました。主人は本当に不思議に思いました。どうやって、このように突然変わることができるのだろうか?主人は、大工の家族と挨拶を交わし、車に戻る時に見送りに来た大工に尋ねました。“あなたは家に入る前、門の前にあった木の枝を触りましたが、なぜそうしたのですか?”大工はこのように説明しました。“簡単です。その木は、私の‘Trouble Tree’です。一日中、外に出て働いていれば、いろいろと頭の痛いことでストレスを受けます。しかし、家庭にそのような問題を持って帰りたくはありません。だから私の‘Trouble Tree’に全ての問題を吊るしておいて、家に入るのです。次の日の朝、またその問題を背負って出るのです。ところが不思議なことに、前の日に吊るしておいた時よりも、問題は小さくなり、軽くなっているということを感じるのです。”

‘Trouble Tree’の話に込められた大工の知恵は、私たちの人生において最も大切な‘家族’をどのように大切にし、愛するのか、教えてくれています。‘家庭’は私たちの人生の大きな石の中の一つです。健康で、暖かい家庭になるための努力は、私たちの人生をより堅固なものにしてくれるでしょう。

先週、私は天正宮博物館の訓読会に参加するため、朝の2時半、清平に向かって出発しました。清平に到着してから真の父母様に侍り、訓読会の準備をしました。5時から始まった訓読会は、10時くらいになって、ようやく終わりました。私はすぐにソウルに上がり、11時半頃、協会本部に到着しました。その日、協会本部では多くの重要な会議が行われ、私も必ず参加しなければなりませんでした。ほとんど休むことができないまま、会議に参加しました。夜の8時半頃、長い一日の日程を終えて、家に帰りました。

家に来て、休みながら夕食をとろうと思ったのですが、子供たちがお父さんとお母さんが帰ってきたことにとても喜び、興奮して私たちによじ登ったり、叫んだりしながら、幸せそうにするのです。実際、私は朝の2時半から始まったスケジュールをこなし、とても疲れていました。また、協会本部で行われた多くの会議内容で、頭痛がするほどでした。本当に大変な状況でしたが、子供たちがそれを知る由もありませんでした。

末っ子の信得は、“お父さん、これを見てください。ヘリコプターです。パトカーです”と叫びながら、おもちゃを持って遊ぶ姿を見てくれと、ソファーに上ったり駆け下りたりしながら、遊んでいました。三番目の信宮は、“お父さん、今日はバレエを習いました”と叫び、踊り始めます。一番目の信八と二番目の信萬は、コンピューターゲームについて話し始めました。ゲームで大きなトカゲの怪物を倒したという内容でした。私は子供たちがあちこち駆け回りながらせわしく遊んでいるのを見て頭が割れそうでした。

“この祝福された子たちよ!少し静かにできないのか?うるさくて死にそうだ!お父さんが今日、どれほど大変で、ストレスを受けたのか知っているのか?早く自分の部屋に入って、静かにしていなさい!”と怒鳴りたい気持ちになりました。しかし考えてみれば、子供たちは一日中慕わしかったお母さんとお父さんと、ようやく会うことができたのです。一緒に遊びたいという気持ちだけなのです。そのような子供たちに腹を立て、声を上げるならば、‘家庭’という大きな石を放棄することになるのです。

私は、“家庭こそ、私にとってとても重要な大きな石である”ということを再び考えました。“今この瞬間が、子供たちにはとても大切なのだ”ということも記憶しました。目を閉じ、大きな声で、“私は、私の‘Trouble Tree’に全ての頭の痛いことを吊るす”と言いました。その瞬間、子供たちは私をまじまじと見つめました。そして少し時間が経った後、子供たちは笑い始めました。子供たちが笑うと、私も妻も一緒に笑いました。家族みんなが楽しい時間を過ごしました。もし、その瞬間に怒りを抑えることができずに怒鳴っていたならば、もっと大きな敗北感を感じたことでしょう。しかし私は勝利しました。外で疲れて、大変だったことに気持ちを奪われず、子供たちと一緒に楽しい時間を送りました。私と妻は手を叩き合い、お互いに賞賛して励まし合いました。私たちはその日、もう一度、真なる勝利者になったのです。

今日は何を学ぶことができるでしょうか?祝福の人生を生きるためには、私たちの人生を効果的に経営しなければなりません。そのためにはまず、私たちの人生の大きな石が何であるか、最も貴いものが何であるかをはっきりさせなければなりません。大きな石を決めて、それを中心に私たちの人生を育んでいけば、大きかったり小さかったりする複雑な問題を、しっかりと管理することができます。

また、全ての石の中で、神様と真の父母様という石を最も大切に思ってください。神様と真の父母様という石こそ、私たちと未来の後孫に至るまでを、暖かく光輝く人生に導いてくれる、永遠な価値を持っているのです。

そして、家庭の貴さはいくら強調しても、し過ぎることはありません。子供のための時間を必ず作ってください。‘子女の日’は、現在と未来のための最も貴い投資です。私たちは今、私たちの子供を養育していますが、それはまた、私たちの孫と孫娘を育てていることになるのです。‘Trouble Tree’の知恵を覚えていてください。外であったことが、家庭に悪い影響を及ぼさないようにしてください。

今日、一緒に分かち合った内容を中心として、人生をよく育んでいけば、私たちはより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得ることができるでしょう。皆さんがこのメッセージを受け取ってくださるならば、真の父母様に拍手で栄光をお返ししてください。