亨進様 天一国食口礼拝 2008年6月22日
天一国食口礼拝 2008年6月22日 亨進様の説教 “真実の目で見てください”(Daum Cafe MBUの掲載記事を翻訳、整理)

韓国語の原文はこちらから↓(???? ?? ? ????.)

http://cafe.daum.net/chdmbu/68cZ/185

皆さんが本当に祝福の人生を生きたければ、真実の目で人生を見つめることができなければなりません。偏見や恐れに満ちた目で人生を見つめる人がいます。しかし、このような人生の態度は、私たちにとって全く有益ではありません。私たちはより、勇敢にならなければなりません。もちろん、良くも悪くも、私たちは人生において障害物や挑戦、困難に出遭うことでしょう。

重要なことは、このような否定的な内容を克服することのできる力が私たちにあるという事実を悟ることです。ある意味では、このような試練は私たちをより強い人間に成長することができるよう助けてくれます。従って、私たちは否定的な状況の中でも、感謝することができる心を持たなければなりません。人生に対するこのような観点こそ、神様が私たちにくださった真実であり、祝福の人生のための出発点になると思います。

私たちの人生には、奇跡的なことがたくさんあります。実際、今皆さんが息をしているということ自体が、奇跡です。私たちに与えられた時間は100年以内と限定されていますが、勇気を出して生きていけば、私たちは自分の人生において、家庭において、教会の共同体においてより多くの奇跡を発見することができるでしょう。この歴史的な時代を生きながら、家族と友達がいるということ、良い教会の共同体に所属しているということに対して感謝する心を持ってください。可能な限り、多くの人たちに勇気を与えることができる祝福の人生を生きるのだと、固い意志を持ってください。

ある方たちは、“もし私の人生において苦難と困難を経るしかないならば、快楽を追求する方が良い”と言います。もちろん、そのような人生を生きることもできるでしょう。しかし覚えていてください。ある日、私たちの生命は尽き果て、霊界に行くことになります。霊界で私たちは創造主、神様に出会うでしょう。そして私たちの基準ではなく、神様の基準によって人生の評価を受けることになるでしょう。

ある方は、“私は癌にかかった。死を免れることはできない。闘病生活は苦痛だろうし、もうあきらめてしまうのが良い”と言います。しかし皆さん!神様は放棄した人生を生きなさいといって、皆さんをこの地に送られたのではありません。皆さんは困難を克服することができる力があります。神様は皆さんを偉大な存在として創造されました。神様は皆さんが周りの多くの人たちに祝福を与えることのできる人生を生きることを願っておられます。

とても教訓的な話を一つ聞いたのですが、ある日、井戸に羊が一匹落っこちました。羊は助けてくれと叫びながら、鳴きました。羊の鳴き声を聞いて、羊飼いが走ってきました。羊飼いはかわいそうな羊を井戸から救い出すためにありとあらゆる努力をしましたが、羊を救い出す方法を見つけることができませんでした。羊飼いは、どうせこのままでは井戸も使えないだろうと思い、羊をそのままにして井戸を埋め、井戸を閉鎖してしまおうと決心しました。羊飼いは友達を呼んできて、シャベルで土を掘り、井戸を埋め始めました。

たくさんの量の土が井戸の中に投げ込まれました。羊はとても驚き、当惑しました。主人はいったい何を考えているのだろうか?羊の立場から見れば、とても信じられない状況でした。羊飼いは羊を、本当に精誠を込めて世話をしてきたし、羊も彼によく従いました。羊飼いは羊を常に守ってあげると言ったのに、その約束を忘れて、今自分を生き埋めにしようとしている。羊は悲鳴を上げ始めました。

羊の壮絶な鳴き声を聞いて、羊飼いも、彼を助けている人たちも気持ちが良くはありませんでした。しかしその瞬間、羊の悲鳴が聞こえなくなりました。羊飼いは不思議に思い、井戸の中を見下ろしました。すると、羊は驚くべき行動をしていたのです!頭と背中の上に落ちてくるとてつもない量の土を振り払い、地面を固めながら、その上に立っているではないですか!そして、その行動を反復し続けました。羊はだんだん、井戸の上の方に上がっていきました。そして遂に、羊は井戸から抜け出すことができたのです。

食口の皆さん!人生で、私たちに投げつけられる土があります。それは障害物、苦難と試練、挑戦という名前を持っています。ところでとても多くの人たちが、土に自分が埋まっていくのを放っておくのです。絶対に、そのようにしていてはいけません。私たちの頭の上に落ちてくる土を振り払わなければなりません。井戸に落ちた羊のように、土を振り払い、よく踏みしめながら、その上に立たなければなりません。そうすることができるなら、私たちに訪れる人生の障害物、苦難と試練、挑戦などは、私たちをより強く成長させるものになるでしょう。

皆さんはヨシュアの話を聞いたことがあるでしょう。イスラエル民族が出エジプトをして、荒野生活をしていた時、レピデムという地域で、アマレク人の攻撃を受けました。この時モーセは、ヨシュアに「われわれのために人を選び、出てアマレクと戦いなさい。わたしはあす神の杖を手に取って、丘の頂に立つであろう」(出エジプト17章9節)と指示を下しました。当時、イスラエルを攻撃するアマレク軍ははとてつもない数でした。アマレク人たちは、とても強靭に見えました。ヨシュアはモーセの指示を受けて戦争に臨みましたが、死ぬかもしれないという恐れが湧きました。

しかし、驚くべきことが起きました。丘の頂上に立ったモーセが神様の杖を上げると、イスラエル民族が勝利し、杖を降ろすと、敗れました。そのため、モーセの横にいたアロンとホルがモーセの腕を支え、モーセを助けました。一日中、モーセの両腕が天に向かって上がっていたので、イスラエル民族は戦争でアマレク軍を退け、勝利を収めることができました。

ヨシュアが最初、戦争に向かいなさいという指示を受けた時、モーセは丘の頂上に登っていると言いました。ヨシュアは、“モーセ!どうしてあなたは安全な丘の頂上に立ち、私を生死を決する戦場に送るのですか?”と考え、不平を言うこともできました。しかし彼は、モーセを通して役事される神様を信じました。ヨシュアはモーセがただ、自分だけの安全のために丘の頂上に登るのではないということを知っていました。彼はモーセが神様の杖を両腕で上げるのは、神様はアマレク人と戦っているイスラエルと共にいるという標しであることを信じました。ヨシュアは戦争から来る疑いの気持ちや恐れを皆、振り払いました。共にいてくださる神様、勝利を約束してくださる神様を信じ、堂々とアマレク族と戦いました。そして大きな勝利を収めたのです。

どんな極限状況の中でも天に向かう絶対的な信仰で勝利した例は、お父様の人生からも見い出すことができます。2003年、お父様はニューヨークのウェストチェスト病院に入院されました。当時、お父様の病状はとても深刻なものでした。お父様はこのような事実を後悔されることを嫌がられるため、おそらくこれを知っている人はごく少数だと思います。ウェストチェスト病院はとても有名な病院で、医者の先生方もとても素晴らしい方たちです。ところで、その方たちは84歳(数え)であるお父様が、以前のような健康を回復することはできないだろうと考えました。それほど、お父様のお体は良くありませんでした。お父様は病院の寝台で起きて、一人で歩く力もありませんでした。お父様は多くの検査をしなければならず、たくさんの方法で治療を受けられました。当時、私は頭を剃髪し、一生懸命修行に精進している時でした。しかし、お父様の精誠に満ちた生活に比べれば何でもないという思いが湧くほど、お父様は病気になられながらも常に祈祷と精誠を捧げる生活をされました。毎朝、お父様はお母様に訓読をお願いしました。その訓読会には、お母様と真の家庭の子女たちが何人かだけ参加することができました。お父様は毎日訓読会をされ、絶え間なく祈祷をされました。

私はその時、神様に向かうお父様の信仰基準がどれほど絶対的であり、偉大であるかを悟ることができました。当時、お父様はとても大変で、誰でもあきらめてしまうしかないような状況でした。お父様は多くの否定的な考えに陥ることもできました。“今私が霊界に行けば、統一教会はどうなるだろうか?このように精誠を捧げて育ててきたのに、統一教会が倒れれば、どうしようか?”という心配や恐れに陥ることもできました。率直に言って、当時私は妻に、“お父様は今霊界に行かれたら、教会は危機に陥るだろう。教会が倒れるかもしれない”と話しました。

しかし、お父様は恐れませんでした。毎日、より早く起きられ、精誠を捧げられました。健康になるために努力されました。お父様は奇跡的に回復され、イーストガーデンに帰ってくることができました。もちろん退院する時も、お父様の健康が完璧に回復したのではありませんでした。人々の支えがなければ、歩くのさえも簡単ではありませんでした。お父様の努力は続きました。毎日運動をされました。一人で腕立て伏せをされ、歩く運動をされました。

お父様は何よりも霊的な生活をより強化されました。以前は普通、明け方の2時に起きられたのですが、その時は午前零時に起きられ、祈祷と瞑想をされ、み言を訓読されました。5時になれば、必ずお母様と子女たちを呼ばれ、訓読会をされました。訓読会の後は一緒に運動をしました。当時、お父様はこのように命を懸けた戦いをされ、勝利されました。

2003年、お父様が肉体的な困難を克服され、健康を回復していらっしゃる時、私はカメラを持ってお父様を追いかけ、白黒写真を撮りました。数百、数千枚の写真を撮りました。この時に撮った写真で出版したのが“The Moment(瞬間)”です。実際、写真を撮る時はお父様の顔や身体にカメラを近くつけなければなりませんでした。写真を撮られる側からすれば、とても面倒くさいことだったと思います。“若造が何をしているんだ!まだ健康も完全に回復していないのに、なぜカメラをつけてやたら写真を撮ろうとするのか!”と言うこともできました。しかしお父様は、一度も私が写真を撮ることを拒否されませんでした。

当時のことを思えば、とても申し訳ない気持ちがします。お父様が大変な状況だったのにも関わらず、そのようにしました。しかし、もう一方では、とても感謝しているのです。そうしなければ、大切な“瞬間(Moment)”を収めることができませんでした。瞬間という本に収められた写真を見るたびに、当時のお父様を思い出します。死の間際に立っていらっしゃいましたが、恐れと否定的な思いを全て振り払い、より高いところに向かって一歩一歩上がられていました。再び健康を取り戻されました。

お父様のことを思いながら、皆さんの人生を振り返ってみてください。ここにいる食口の方の中で、何人かは今、多くの難しい状況にあるかもしれません。それは経済的な問題かもしれないし、人との関係かもしれないし、健康問題かもしれません。そのような状況にある時、私たちは自分にその困難を克服することができる力があるのか、疑うようになります。まるで暗くて陰鬱な谷間を歩いているような思いになります。しかし覚えていてください。一歩一歩進んでいけば、暗闇を抜け、光を発見することができるでしょう。

食口の皆さん!モーセは80歳の時、神様の召命を受けました。80歳と言えば、皆さんは新しいことを始めるにはとても遅いと思うでしょう。しかし、モーセは天がくださった使命を受け止め、出エジプトという大役事を率いる指導者になりました。ダビデは少年の時、天の声を聞きました。少年ゆえに、何も分からない、何の経験もない幼き者だと思うでしょう。しかしダビデは神様を信じ、堂々と進み出てゴリアテを退け、後にイスラエルの王になりました。神様が皆さんに生命をくださったのは、この世で皆さんが成すべき召命があるということです。どんな状況にあっても、どんな困難や挑戦、障害物に遭ったとしても、皆さんにはそれを克服することができる力があります。神様がくださった真実な目で皆さんを見つめてください。神様も私たちを助けてくださるでしょう。

食口の皆さん!何ヶ月か前、私が妻と麻浦教会で牧会を始めた時、とても多くの人たちが、私たちの牧会が何ヶ月もいかないだろうと言いました。すぐにやめてしまうだろうと思いました。しかし、私はそのような言葉を聞くたびに、否定的な思いを全て振り払いました。私たちの牧会は、毎日前進しています。

また、私が國進兄と一緒に働いていると、多くの方たちが“そのようなことがどれだけ続きますか。子女様たちは皆性格が強いから、お互いにケンカして仲違いをするだろう”とささやきました。しかし私はそのような否定的な思いと言葉を全て振り払いました。私は國進兄と一緒に働き、新しい真の家庭の姿を見せると決意しました。そして今までお互いに協力し、一つになって一緒に働いてきました。これからもそうするでしょう。教会の摂理は、否定的な言葉と考えを振り払い、一段階一段階勝利に向かって進んでいます。

食口の皆さん!私たちは本当に統一教会人であることを誇らなければなりません。一緒に誇り高い統一教会を作らなければなりません。多くの人たちが、“このように伝道ができていないのに、どうやって2万名教会、4万名教会、何十万名教会を作ることができるのか!”と言います。しかし、私は成し遂げられると信じています。そのための努力を始めています。私はそのような否定的な思いを振り払い、前に進んでいくでしょう。

今日、私たちは何を学ぶことができるでしょうか?私たちは人生を生きながら、様々な困難や障害物、そして挑戦に直面します。重要なことは、それらに対する恐れの中で生きてはいけないということです。私たちの人生の真実、私たちの人生の秘密は正に、私たちがそのような困難を克服することができる力を持っているということです。神様は私たちに、無限なる潜在力をくださいました。皆さんがそれを認識していようといまいと、それは否定することができない真実です。

食口の皆さん!皆さんが自らを見つめる時、犠牲者、もしくは敗北者の観点で見つめないでください。神様は皆さんに勝利する人生を祝福されました。皆さんは偉大な人生を生きるでしょうし、神様と真の父母様に光り輝く栄光をお返しするでしょう。

私たちが真実の目で自分自身を見つめ、堂々と人生を生きていくならば、私たちはより多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和を得るでしょう。神様と真の父母様がくださった祝福の人生を生きることができるでしょう。皆さん!このメッセージを受け取ってくださるならば、真の父母様に大きな拍手を捧げてください。(拍手)ありがとうございました。